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「手加減、できなかったみたいですね」


千夜から試合の報告を受けた先生は、一言確認を取る。千夜はその事実を否定できずにうなだれた。


「まぁ、仕方ないでしょう。あなたの力は強力すぎる。勝殿が仰る通り、血さえ駄目でなければ立派な剣士になれる」

「…私、どうすればいいんでしょう…」

「どうもしなくて、いいんですよ。勝殿は、人斬りが嫌いですから。あなたにはそんなことはさせないでしょう」


あっさりと先生は言って、千夜の肩を叩いた。確かに、剣を習ったのは護身用であってそれ以上は求められていない。けれど、少量の血でも昏倒してしまう自分を、千夜は情けなく思った。


「さて。私が貴女に教えられることは尽きてしまいました」


その言葉の真意がわからず反応できないでいると、先生はにっこりと笑う。


「免許皆伝です」


完全に私流ですから何の得にもなりませんが、と続けた。


「私は貴女が一通りの技を身に付けるまで預かると約束しただけです。貴女は自分の身をしっかり守れるようになった。もう、私にすべきことはありません」


それは先生に認められたと同時に、先生との別れを意味していた。
初めからそのような約束だった。千夜は先生がどのような自分なのか、実は何も知らない。ただ、母と養父の旧知であるらしかった。しかも、最初は千夜の師になる事を渋っていたらしい。それを、千夜が一人前になるまでという条件で引き受けてもらったのである。
これ以上、わがままは言えない。


「…先生は、これからどうするんですか」


寂しさを押し殺して、千夜は尋ねた。先生は少し思案するようにしてから、ぽつりと呟く。


「旅にでも出ようかと考えています」


意外な反応だった。先生は、目を丸くした千夜の頭を撫でる。


「あの青年たちに居場所を知られてしまったので、どの道ここは引き払うつもりでしたし。先行き短い私ですが、何か外へ出たらすることがあるかもしれませんし」


そして優しい声で訊いた。


「千夜。試合はどうでしたか?」

「…みんな、強かったです」


単純な感想だった。


「私は生まれついた力があるから、負けないかもしれない。でも、あの方たちはきっと、もっと強くなる」


自分でも理由はわからない、けれど確信していた。彼らは、きっと何かを成すだろうと。そして、小さく付け足した。


「私には剣の道は向いていないみたいです」


剣の師である先生に、なんだか申し訳なくなって語尾の方は小さくなった。しかし彼は気にする風もなく頷く。そして、ふと真剣な目をした。


「私もそう、思いますよ。千夜は千夜の思う通りに生きなさい。自分の人生の責任は、自分が取りなさい」


――自分の思う通りに。
千夜はその言葉を繰り返す。それは、染み込むように千夜の心へ入っていった。

この後。
明治を迎え、千夜はある戦いへと身を投じることとなる。武力ではなく、人生を賭した戦いの中で千夜を支えたのは、この言葉だったのかもしれない。
そして、この時共に戦った青年たちは後に新選組として名を上げることになる。その事を千夜は随分後まで知ることはないのたが――その辺りの話は、また次の機会に回すべきだろう。
この物語はここで終わる。

江戸の片田舎で起きた、誰に知られることもない、出来事だった。




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