9 賑やかな近藤一派を睨みつける。あえなく敗れた男は、仲間たちに囲まれたまま虚ろな声で呟いた。 「…有り得ねぇ」 仲間たちは困ったように顔を見合わせた。 そもそも仲間といってもこの男は、今回の試合の為に雇った男だった。この界隈の裏社会では剣豪と知られる男である。 「お、おい。大丈夫か」 様子のおかしい男に、一人が声を掛ける。男は肩を震わせて、ゆらり、と立ち上がる。そして男は突然、弾け飛ぶように走り出した。 「貴様ァア!よくも俺に恥を…!」 絶叫。男は手に持ったままの竹刀を振り上げる。が、狙われたのは、千夜ではなかった。 「近藤さん!!」 土方が声をあげるも手は間に合わない…! 無防備な近藤は振り返るも、相手は土方を凌ぐ素早さを持つ男。避ける間もなく… 「お行儀が悪いですね、おじさん」 今度は男の打撃が止められることはなかった。ただ近藤が突き飛ばされ、床に転がる。男の竹刀は勢い余って床を叩いた。 近藤を突き飛ばしたのは千夜だ。 男は瞬時にそれを悟るとその速さを保ったまま、怒りの矛先を千夜に向ける。 「千夜、よせッ!」 土方が叫んだのも無理はない。千夜は防具をつけていない。竹刀だからとはいえ、あの力で叩きつけられたらどうなるか。 が、千夜は土方の心配を笑うかのように、軽々しく男の攻撃をかわす。――まるで防具の分だけ軽くなったように。 「丸腰の相手に襲いかかるなんて、許せない」 その呟きは誰に届いただろうか。 少なくとも相手の男には届いたのだろう。少女のものとは思えない、冷ややかな声に男ははっとする。 千夜はその隙を見逃さなかった。 土方は目を見張る。千夜が、消えた。 ――ミシ、 嫌な音が聞こえた。 次の瞬間。 男は吹き飛ばされていた。 101030 |