8 「――まさか」 呟いたのは誰だっただろうか。 目にも止まらぬ速さで繰り出された男の竹刀は、ぴたりと停止している。何が彼の手を躊躇わせたのか。少女相手に本気を出すのを恥じたのだろうか。 一瞬、事態を把握できなかった誰もがそう思った。 だが違う。男は手加減無しの斬撃を彼女の浴びせていた。千夜はそれを、しっかり受け止めたのであった。 誰よりも驚いているのは、竹刀を受け止められた男だ。――大の男でさえよろめく程の重みだった筈。彼女が剣の天才だったとしても、小柄な身体で受け止めて微動だにしないのは、物理的に有り得ない。 そのせいで判断が遅れた。 千夜はその一瞬を突いた。 「――私の勝ち、ですよね」 一瞬で男の竹刀は弾き飛ばされ、同時にぴたりと男の頭上に千夜の竹刀が構えられている。 見えなかった。その場の誰もが狐に摘まれたような顔をした。ひとり、相手をした男の顔は蒼白だ。 (…有り得ねぇ) ひやりと男の背に悪寒が走る。 彼には彼女が一瞬、消えたように見えた。 「ありがとうございました」 澄ましたように目を伏せた千夜は、少女ながらに美しい。その美しさが、人間味を感じさせない。 息を呑み微動だにしない男たちの中で、きちんと礼をして千夜は振り返る。一番早く彼女に近寄り、肩を叩いたのは近藤だった。 「凄いじゃないか千夜くん!いやはや、まさかこれ程とは。一度手合わせ願いたいものだ。なぁトシ」 あっけらかんとした近藤の笑い声に、張り詰めていた空気が弛緩する。千夜は近藤の言葉に、頬を赤くした。 「た、たまたまです。私、変じゃありませんでした?先生以外の方との試合、初めてで…」 照れているらしい。試合の時の雰囲気とは打って変わった年相応な態度に、皆、毒気を抜かれた。 「あんた、やるじゃん。俺と殺り合わない?」 「コラ。物騒なことを女の子に言うんじゃない」 沖田を軽くいなして、井上は竹筒を差し出す。 「さ、千夜さん疲れたろう。これを飲みなさい」 防具を外した千夜は恐縮しながらも、嬉しそうに彼らの輪の中に入った。 |