喪失を埋める


様子がおかしいことには薄々感づいてはいた。
恋人関係になってから、ぎこちなくも徐々に距離は縮まっていたのだ。それが、急に元に戻ってしまった。そんな感覚を、感じるような変化だった。


「精霊が、ナマエとぶつかって記憶喪失…?」

「信じてもらえないとは分かってるんです。でも、それが、事実で…」


彼女の口からその真実があかされたのは、そんな突拍子もないものだった。技術者として、精霊なんて不明瞭なものをすぐに信じるわけにはいかない。けれども。ナマエが嘘を言っている様子は全くない。それに、ナマエが記憶喪失だということは恐らく事実なのだろうと思う。
その後、ナマエを介してその精霊ユニとの会話も成立した。このことからも彼女の言い分を信じるしかなさそうだと総合的な判断に至った。
第一、ナマエの言葉を疑う選択肢はないのだ。もしそれが嘘でも、ウチはきっと同じ判断を下しただろうと思う。


「うん、わかった。信じる」


けれどもナマエの表情はどこか晴れなくて。
その理由には想像がついた。


「…記憶がなくなってしまったことで、すべてが変わってしまったような気がして、不安?」


ナマエはぱっと顔を上げる。そして瞳を瞬かせた。図星なのだろう。動揺する彼女に、言い聞かせるようにして言葉を重ねた。


「でも、安心するといい。たとえナマエが記憶を失っても、今までの人格を忘れてしまっても、ウチとの思い出がすべてなかったことになっても…変わらないことが、ひとつだけある」

「え…?」

「ウチがナマエを好きだってこと」


言って、彼女に手を重ねる。緊張のために冷え切った指先に、自分の体温を分け与えるようにして、そっと握った。


「でも、私はスパナさんが愛したナマエのままじゃ、ないです。それって本当に同じ人って言えるんでしょうか…」


その言葉に確信を深くする。変わらない。彼女は少し頑固でそして、とてもやさしい。ウチのことをいつも一番に考えてくれる。自分が一番つらいだろうに、いつだって他人のことに真剣に悩み、そして心を痛めるのだ。


「違わないよ。だって、ウチのナマエに対する愛はそんな表面上のことじゃないんだ。ウチはね、ナマエという存在そのものが大好き。ナマエというそのものを愛している。だから、変わらないよ」

「…っ」

「まだ、わかってくれない?それなら、わかってくれるまで説明するから」


こちらを見上げるナマエの顔は、徐々に熱を上げていく。その様子が愛おしくて、さらに、言葉を重ねる。


「あと、もうひとつ。たぶん変わらないことがある」

「スパナさ…」

「ナマエがウチを好きになるってこと。時間がかかってもきっとナマエは、ウチを選んでくれる」


繋いだ手を引き寄せて、頬にキスひとつ。
真っ赤になった彼女を抱き寄せた。


「ねえ、ナマエ。愛してる」


なくした記憶の分を、自分の存在で埋めてしまいたいと、願いながら。



150822

クローバールートパロでした。スパナなら頼れると踏んだユニとナマエは全部話して協力してもらうことになりました、めでたし。スパナは全部受け止めて、納得してくれて、良い様にしてくれますねきっと。この後、彼女と自分の技術者としての出世との天秤に掛ける色々がありますが、迷いなくこのスパナはナマエを選びます。

元ネタでも屈指の安心ルートと名高いケントさんルート、ケントが数学者で、スパナが技術者で、理系繋がりでいいかなと。なんとなく雰囲気もいい感じに似通ってる…ような…。でもスパナは惚れたらデレデレなので(世界軸では特に)、ケントのような不器用恋愛にはなりそうにないです。この場合、イッキは正ちゃんです。三人で悪ふざけして信濃旅行。絶対楽しい。





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -