紫苑の呪


ナマエの瞳は男を狂わせる。
その噂は都市伝説に近い形で彼女の周囲を常に巡っていた。事実、とても美しい女だった。容姿だけでない。慈悲深く、高潔で、気品のあふれる女性だった。少女から女性へと成長していく過程はさぞ目を見張るものがあっただろうと思う。成人してから出会って己を悔いたのはきっと、自分だけではない。

でも、そのレベルではない。彼女の瞳は、見た異性を無理矢理にでも虜にする。そんな魔的な能力を持っているという。


「だから、いくら貴方に言い寄られても男は信じないのです。今は眼鏡をしているからいいけれど――ホラ、貴方、もう私にあらがえないでしょう?」


何度目かの告白の後。
ナマエはいつものように突き放した後で、ぐっと顔を近づけた。そして眼鏡をはずし、妖艶に微笑んだのだ。

――挑発的なその言葉にカッとしたのは一瞬だった。その紫苑色に惑わされ、前後不覚になりかける。噂は本当だったのかと、遠のく意識の中で思う。

だが、すぐに我に返る。そして、彼女の顎を強引に、掴んだ。


「俺が、こんなものに、惑わされているとでも?」

「…っ?!」


口答えした俺に、ナマエは驚いていた。そんな男は初めてだったのだという。
だから、提案したのだ。三ヶ月、試しにつき合ってくれと。三ヶ月後、彼女を納得させることができたら、そのときは真剣に告白を受け止めてほしい、と。





(だからこそ、疑わしい)

八月に入ってから、ナマエの様子はおかしかった。何か隠しているのではないかと、直感する。
でも、無理に聞き出せはしない。ただでさえ彼女には不信感を与えているのだ。これ以上、印象を悪くはできない。


「千景…は、昨日どこへ行っていたんですか」

「ああ。女共と食事だ。言っていただろう、いつものあれだ」

「私と、貴方は、」


何かを言い掛けて、ナマエは口を閉ざす。付き合い始めてから、彼女が女関係を気にする素振りを見せたのは初めてだった。親の差し向けた、許嫁共である。ナマエが振り向いてくれたら縁が切れる予定の者たちである。だが、三ヶ月間は彼女たちの誘いを断ることができない、そういう決まりだった。
勿論ナマエは付き合い始める際、そのことを了承済みだ。どころか、以前の彼女は「その中のいずれかの女性と良い仲になってもいいのでは」なんて、冷たく言い放ったものだった。


「もしや、嫉妬しているのか?」

「そんな、わけ」


言いよどみ、俯いた彼女に違和を感じる。ぼんやりしていることも多い。やはり何かがおかしい。わかっているのに、近づけない。ただ俺は、彼女が頼ってくれるのを待つしかできない。


「わかっている。だが、もしそうなら嬉しいと思った」

「……っ」

「きっと俺は、そんな姿も愛おしいと思うだろうからな。ナマエ――そろそろ俺に、惚れたか?」


引き寄せて、耳元で囁く。彼女はぱっと頬を赤らめた。だが、頷かない。俺は彼女の眼鏡を外す。その紫苑の魅惑に、おぼれてしまったらどんなに幸せかと夢想する。

(だが、それではだめだ)

きっと証明してみせる。瞳の魅了なんて関係ない。自分が心からナマエに惚れたのだということを信じてもらわなくては。
それほどまでに、俺は彼女を、手に入れたいと思っているのだった。


恋人契約の期間は、あと一ケ月を切っている。



150822

スペードルートパロでした。魅惑の呪いを帯びた瞳を持つ男性不信気味なナマエに、しつこく言い寄った千景が俺にはそれは利かないと言い張り、三か月の恋人契約を結ぶ、と。ナマエは自分の瞳のことも忘れているので、容易に眼鏡をはずそうとしたり、軽率な行動に千景が首をかしげているという。千景はモテるわけではなく、親の差し向けた嫁候補たちを邪険に扱えない。

元ネタでは男側のイッキが魅惑の瞳の持ち主ですが、若紫鬼が印象的な紫苑の瞳の設定なので、そこは逆にしてみました。なんていうか、千景でも良かったけど千景がすごいモテる設定にはなんとなくこう、しっくりこなかったので(笑)
この場合、ファンクラブが作られてるのもナマエで、その会長は恐らく千姫です。千鶴と小鈴がバイト仲間ポジで。




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