警告 一目見て、とても優しそうな人だと思った。 それから、とても綺麗な人だと。 「久しぶりですね、ナマエ。僕のこと――覚えていますか」 淡い色の髪色と、柔らかに微笑む表情が、その男性を優しげに見せる。私が彼に呼び止められたのは、家の近くの交差点だった。特になにがある場所ではない。けれども彼はなんだか寂しそうな顔で、交差点をじっと眺めていた。そして私の姿を認め、いっそう切なげに、表情を歪めたのである。 覚えてますか、と問われて心がざわざわとした。でも、わからない。私は記憶を失っている。 龍神だという白龍が私の精神とぶつかってしまったことで、記憶を落としてしまったのだ。すこしずつ自分の学校だとか、アルバイト先だとか友人だとか、なんとか把握して生活は始めていた。でも、この男性のことはわからない。 「おかしいな。今の君とは――いや、やめときましょう。僕もまだ少し、混乱しているようです。でも、そうですね。君と僕は古い知り合いなんですよ。決して切れない縁が繋がっている…」 彼の言葉に、思わず首を傾げる。なんだか、不思議だ。何年も会ってない知り合いとかなのだろうか。でも、どうやら平々凡々な人生を歩んできているらしい私である。こんな美形の男性と、知り合いだったと思えない。 じっと彼を見つめる私に、彼は綺麗に微笑んだ。 「相変わらずですね。ぼんやりしているようで、ナマエは頭が悪くない。そこが、気に入っているところですけれども、あまり僕のことは気にしない方がいい」 まるで私をよく知っているかのようなその言動に、落ち着かない。切なげに潜められた眉に、どうして彼を思い出せないのかと、焦燥を感じる。 そうしているうちに、彼は真剣な顔で私に諭すように言う。 「ナマエ、気をつけなさい。ぼんやりとして、交通事故に遭わないように。学校には――八月中は極力近づくのはやめなさい。あんまり友人でも、他人を信じすぎないように」 「あの、貴方は…」 「まだ僕のことが気になるんですか。困ったな」 額に手を当てて考え込むようにした彼は、私を見つめたかと思えば、一瞬で距離を詰める。触れそうな程近くに手を伸ばし、しかしその指が私の頬に触れる前に、背を向けた。 「ふふ、やめておきましょう。今は。またきっと、会えるから」 そして、止める間もなく彼は、私の手の届かないところへと歩いていく。 「さようなら。僕の、運命のひと」 どこか懐かしくも切ない、言葉が耳から離れそうになかった。 150816 |