鬼の一族が代を重ねるごとに、その血を正式に受け継ぐ者は減っていた。それは、女鬼の出生率の低さが原因だった。なぜだかはわからない。しかし、どういうわけか女が中々産まれない。そんな中で純粋な濃い血を維持する為に、純血家同士が意図的に婚姻を結ぶのが常識化した。そうしてより強い力を維持し続けている鬼の家は、その地一体の鬼を束ねる存在へとなっていった。
西国のそれが風間家で、東国は雪村である。






「お慕い申し上げております」


痺れるような甘い囁きに、庭で花を眺めていた女は振り向いた。視線の先に穏やかな笑みをたたえる男を見つけ、小さくため息を吐く。


「あなた、人目を憚(はばか)ろうという気はさらさらないのね」

「ええ、今頃気付きましたかお嬢様。」


飄々とした態度で彼女の咎めるような視線をかわした青年は、くすくすと笑いながら彼女の前に歩を進めた。女は、それを大して気にせず、また手元の花へと目を落とした。


「また塞いでおいでですか。私の紫の上は困ったお人ですね」

「光の君、あなたが原因だとわからないかしら」


二人は、源氏物語の登場人物になぞらえて互いを呼んでいた。それは、決して歓迎されることのない恋に落ちた二人が、他人に相手を悟られぬよう想いを伝える為に、決めたことだった。
彼女の流れるように長い黒髪を一房手に取り、慈しむように口付けを落とす。なんだかそれが気恥ずかしく、女は「本当に、人目を憚りなさい」と男をたしなめる。



「人目を憚る必要など、ないでしょう」


青年は目を細め、突然彼女を抱き寄せた。恋人同士なのだから、特別おかしな行動ではない。しかし女は慌てたように上擦った声を上げた。


「こんなところ見られたら――ッ」

「見られたらどうだというのです」


青年が抱き寄せる力を強めた為、女はいよいよ青ざめた。
これは許されぬ恋だった。二人は既に深い関係を持っていたが、それは誰にも知られることなく隠しておかなければならないものだった。それなのに、こんなに白昼堂々、しかも誰が通ると知れない庭である。
女は恐怖して青年を見上げた。彼は、基本的に温厚な性質の男だ。でもこの時、彼の目には飢えた獣のような光が灯っていた。


「私は、自分の身分をわかっているつもりです。いくら雪村に連なる家の出であろうと、一介の使用人ごときが本家のお嬢様に想いを寄せようなんて、身の程知らずだと。しかし、禁忌を犯すことを恐れる以上に、あなたを愛してしまった。貴女が私を想ってくれる限り、諦めるつもりはない。今までは隠してきたこの心、もうこのままというわけにはいかないのです」


許されぬ、では終わらせないと青年は言う。しかも、堂々と彼女と添い遂げるつもりだと宣言した。女は真っ直ぐに告げられた熱い想いに、これが鬼の性か、と恐ろしく思う。


「私は――俺は、あなたと共に居るのなら、そこが地獄だって構わないのです」


本家の女鬼に生まれ、自分に架せられた義務。それを裏切ることがどれほど大きな罪か、わかっていた。それでも、女には肯定の他に選択肢をもっていなかった。彼女もまた、彼以外と添うことを望まなかったのだ。


彼女こそが雪村の長子、その力と美貌で東国の紫の上と呼ばれた女鬼――千夜の母である。






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