虚弱な心膜




――大勢の鬼が、ひとところへ集まる。

しかも名のある家の者ばかりが、だ。鬼は余程の理由がない限り、集まることを好まない。死人が出たときでさえ、特別親しい者しか葬儀に参列しないという。その鬼が各々めかし込んで集う姿は、壮観というべきなのだろう。しかし私は想像しただけで眩暈を覚えた。
少し離れたこの部屋からでも、多くの鬼がひしめき合う気配がありありと伝わってくる。元々、互いに興味など持ち合わぬ種族なのだ。誰もを会話することなく、重々しい雰囲気が沈んでいることだろう。その中に私は入って行かなければならない。決めた筈の覚悟が、揺らぎそうになる。

少し落ち着こうと目を閉じた。そして、ゆっくりと息を吐く。ずしり、と鉛のように重い心臓に手を当てると、その手に別の手が重なった。


「柄にも無く、緊張か?」


私よりも幾分か大きく、骨張った手の先を辿ると、お決まりの意地の悪い表情を浮かべた千景が私の前に膝をついていた。


「私だって緊張くらいします」

「俺は、お前が緊張しているのを見るのは初めてだが」

「そんな筈…」


そんな筈はない。今でもはっきりと覚えている。そのときから変わらない自信に満ちた赤い目を見つめ返し、私は続けた。


「そんな筈ありません。私は初めから、緊張してばかりだったもの」

「初めから、か?」

「今でも覚えているわ。初めて貴方と二人きりで話したあの時、手が震えてたのよ」

「俺は見かけに寄らず、肝の据わった女だと関心したが。俺を策に嵌めようとする女など、後にも先にもお前だからな。だが…そうか、千夜は肩肘を張るのが得意なのだな。覚えておこう」

「…そんな事知って、何になるのでしょう」

「俺が知っているお前は、まだほんの一面でしかない。些細なことでも千夜を知りたい」


千景は涼しい顔で言ってのける。反則だ。私は熱を持つ顔を隠すように逸らして、溜め息を吐いた。


「――物好きなひと。今ならまだ、花嫁のすり替えは間に合う。私なんかじゃなくて、他にも素敵なご令嬢がいるのでしょう。その方が、集まった鬼たちも納得するわ」


覚悟はしていた。今更、鬼の一族に加わるのが嫌なのではない。不安なのは、一度滅んだ雪村の血が受け入られるかどうかだ。もし良い反応を貰えなければ、風間家とて今までのようにはいかないだろう。
しかし、千景は私の不安を取り除くような優しい目で、笑った。


「誰が千夜以外の女など、」


重ねた手が離れ、そのまま頬を撫でられる。顎を掴まれて顔が近づけられた。


「俺はお前が欲しい」

「千景、」

「付いて来るだろう?」

「…はい」


狡い。こうしてまた私は、彼から逃げられなくなるのだ。
ゆっくりと、優しく重ねられた唇にほんの少し緊張が解けた気がした。



090424



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