明治ノ鬼 月のない晩にも関わらず、街は煌々とした灯りで照らされている。 昔からすれば、考えられない程に夜も明るくなった。ランプや街灯が当然のように、使われだしたからである。行灯の灯りだけを頼りにしていたあの時代は、既に遠い過去になりつつあった。 「我々からすれば、残念としか言えないでしょうね。闇でこそ力が発揮できるというのに」 二人連れの男の、長身の方が言う。 「父が羨ましい。あの混沌とした時代に生きられたなんて。若もそう思うでしょう」 「いや、俺は御免だな。人間に、良いように使われるのは」 若、と呼ばれた青年は顔をしかめる。しかめても尚、整った顔立ちである。 「今のこの国は、嫌いじゃない。外から入ってくる文化も技術も、面白いじゃないか」 「賛同しかねます」 きっぱりと言い切る青年に、若は困ったように苦笑する。青年は、鬼としての矜持が高いらしい。少し前の時代なら兎も角、今の時勢にはそぐわない思想である。 「おい、お前の父が泣くぞ。あの人は無駄な争いとか、嫌いだろう。人間と歩調を合わせるって方針を押し通したのもあの人じゃないか。全く、できた親で羨ましいぜ」 「若の父上も立派な方でしょう。西国の鬼がここまで纏まったのは、彼の手腕だ」 「そんなすげぇ奴じゃねぇよ」 今は自室で晩酌でもしているのだろう、父親を脳裏に思い浮かべる。老けたとはいえ、未だに現役の恐ろしい鬼である。 「昔は手に負えないとんだ頭領だったらしいんだ。今でこそあんな重鎮ぶってるけど、元々大の人間嫌いだからな」 「若の母上を娶られてから、変わったそうじゃないですか。里でも有名な鴛鴦夫婦ですからね」 「鴛鴦夫婦ね…。全く、いつまで新婚気分なんだか」 青年はその新婚気分のお蔭で生を受けたのだが、そこまで思考が回らないのか、若は呆れたように息を吐いた。 「さて、行くか」 そして、気を取り直すように若が呟くと青年はうっすらと、意地悪く笑う。 「夜中に里から出るのは禁じられてるんでしょう。兄上、姉上方に叱られても良いので?」 「おいおい、ここまで来ておいて引き止めるのか。冗談じゃないぜ、お前も同罪だよ」 そんな青年を若は軽くいなし、数歩、前の闇へ踏み出す。確かに街灯で、夜も明るくなった。しかし街灯の届かぬ闇はより一層、深くなったようにも見える。 そしてそれは、この世の中全体に言えることでもある。栄華を誇る人の影で、苦しみに喘ぐ人は見えない。その厭らしさは時代が変わって顕著になったかのようにも思えるのだった。 二人の若い鬼が、闇の中を行く。 その姿はまるで、時代の影に巣くう闇そのもの。 「なぁ、天霧」 先を歩く彼が、金糸の髪を靡かせ振り返る。 淡く光る双眸は、紫苑色に煌めいた。 若紫鬼 120312/完結 |