原罪との決別


改めて振り返れば、雪村家のあの事件はその後幾年にも渡って行われる倒幕までの動乱の、先駆けだったのかもしれない。
始めは目を丸くしていた千鶴も、話が進むにつれ、その瞳に厳しい色を灯す。私は千景の話を聞きながら、処罰を待つ罪人のような心持ちで千鶴も見つめていた。


「千夜さん」


雪村の滅亡から私の婚姻に至る、全ての話が終わったその時、彼女は私の名を呼んだ。
覚悟はしていた。だから、今更逃げようとも、言い訳をしようとも思っていない。千鶴が望むのであれば、その罰を甘んじて受けるだけだ。


「千鶴……ごめんなさい。でも、謝っても済むことではない。全ては私の責任なのです。貴女は私に怒る権利がある。私は、貴女に従います」

「…千夜さん」

「遠慮は無用です。雪村のことも、鬼のことも、千鶴に辛い思いをさせた。それが口惜しく、悲しい。せめて償いだけでも、」

「千夜さんっ!」


千鶴は強い語気で私の言葉を遮った。そして目の前にやってきた彼女に両手で肩を掴まれ、顔を上げさせられた。


「千夜さんは何も悪くありません!どうしてそんなに、自分を卑下するのですか。あなたは、私を守ってくれたのでしょ?」


彼女の視線は、まっすぐ私へ向けられている。澄んだ瞳の色。ただ無垢で綺麗なのではない。千鶴が今まで、様々な経験を通し、喜びも悲しさも蓄積してきたから出せる色合い。


「私は、京で風間さんに鬼だと言われた時、実感はありませんでした。今もそうです。お二人が話してくれた雪村の事、どこか遠くの物語みたいに思えてしまいます」


一度想いを馳せるように、千鶴は僅かに伏せた睫を震わせた。そして、ゆっくりと言い放つ。


「鬼の里のことはまるで覚えていない…私とっては、やっぱり雪村綱道が父なんです」

「……っ」

「本当の父には、申し訳ないことだと思います。本当の父を否定するつもりはないけれど、いくら雪村綱道が父ではなかったと聞いても、納得できない。だから私は、江戸の蘭医雪村綱道の娘の千鶴なんです」


はっとさせられた。
私にも、似たような経験があるからだ。実の父と育ての父。――そう、私にとっての養父・勝海舟も父であることには変わらない。
同じように千鶴にも綱道がいた。まして、彼女は実父を覚えていない。たったひとりきりで育ててくれた綱道は、どんなに千鶴の力強い味方であったのだろうか。

(千鶴にとっては、最上の父親だったのだろう)

血を分けた従姉妹を見つめる。
私は、つくづく鈍い。彼女はもう子供ではない。もう弱くはない。自分の過去と向き合ってその真実を知っても尚、全てを許せてしまう――今更、もう戻らない過去を嘆いて憤っても仕方がないのだと、理解し許容できる強さを持っているのだ。


最後に千鶴は、締め括る。


「私が怒るとしたら、一つだけ。千夜さんが私の為に自分を犠牲にしたことです。でも、千夜さんは今、幸せなんでしょう…?」


――そう、私は幸せだ。過程がどうであれ、私は欲しいものを手に入れることができた。自分の人生に、価値を見いだすことができたのだ。
私の沈黙を肯定と受け取った彼女は、ふわりと笑顔を浮かべる。


「それなら、もう、いいじゃないですか」


柔らかな表情に、泣きたくなった。私は彼女を、思わず抱き締める。そして想いを伝えるようにして、強く力を込めた。

東京に来て、良かった。千鶴に会って、良かった。千鶴が私の従姉妹であって、本当に良かったと。


「千夜さん、姉様と呼んでもいいですか…?」


こうして和解し、抱き合えることは奇跡に近いことなのだ。それなのに、そんな可愛いことを言われたのだから、もう、たまらない。



120312



×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -