紡いだ言葉の卑しさよ


雪村千鶴は、蘭医として生計を立てていた父親に育てられた。父・雪村綱道は近所でも評判医師であったらしい。その為か、単独京にあがることになったのだ。この時、娘である千鶴は一人江戸に留まることとなる。
綱道は、千鶴に向けて毎日のように手紙を書いた。千鶴もその手紙によって父の無事を確認した。しかし、突然。綱道からの手紙は途切れる。消息の途絶えた父の身を心配し、千鶴は一人上洛を決意する。
――それが、文久三年十二月。

既に、定められていた事だったのかもしれない。
京に上がった彼女は、何の縁か新選組と行動を共にすることとなった。綱道の消息は途絶えたままだったようだが、彼らもまた、綱道を探していたのだ。千鶴が千景や薫、千姫と出会ったのもこの頃だった。

千姫によると、彼女は新選組の中で幹部たちに大切に匿われていたという。羅刹、変若水、幕府の意向――それら、歴史の闇へと葬られた当事者にとっては後ろ暗いものの傍らで。

そして暫くの月日を彼らと共にした彼女は、そのまま維新の動乱へ。自身が鬼であること、綱道が実の父親でないことにも気づかされ、挙げ句、混乱の最中に新選組とはぐれた。

慶応三年六月。彼女は新選組最期の地、蝦夷へとたどり着く。かつての仲間の滅びた地で、彼女は何を思っただろう。
それからの彼女の行動を知る人はいないが、彼女は今江戸に帰り、父の後を継ぐように医者のようなことをしていた。どこにでもあるような町の一角に、小さいながらも門を構えたその家で。ひとり静かに、しかし気丈に。


***


これが、私が知り得た千鶴についてのすべてだった。
書き記してしまえば、たったこれだけのことにすぎない。けれども、彼女は語り尽くせないだけの経験を、辛いことも楽しいことも、積んできたに違いない。
私の人生など、足元にも及びもしないだろう。

客観的に見てしまえば、結局、新選組は新しい世への生贄に過ぎなかったともいえる。けれども彼女は彼らの命に、それ以上の価値を見いだしたのだ。それは他人が知り及ぶことではない。それによって、千鶴は大きく成長したのだから。無力な女の子ではなく、ひとりの女性として。




「雪村先生は貧しい暮らしだったけれど、それは幸せそうにしていたものだ」


私は、千鶴の幼い頃を知るという隣人の女性と話をした。

「父と子の二人暮らしだったけれどね。あの乱世で片親は珍しくない。とても仲睦まじくて羨ましいくらいだったよ」


――雪村先生とはどのようなひとですか。
そんな突然の問い掛けに快く答えてくれた彼女は、私の姿を見て首を捻る。


「あんた、ここらの人ではないね。先生の親戚か何かかい?面影が似ているような…」

「いえ…違います。ただ、女性のお医者なんて珍しくて噂を聞いて来たのです」

「そりゃあ、そうだよ。雪村先生は頼りになるよ。あんた、どこの奥様だか知らないけど、女性の悩みは女性に看てもらうのが良い」


にこにこ笑いながらその女性は、今は千鶴が不在だと教えてくれた。
私は、また来ます、と笑い返したものの今日の訪問は彼女の不在を承知してのことで、千鶴には会うつもりはなかった。

今朝、ちらりと遠目で彼女の姿は見た。それだけで十分だった。
私にはよく分かったのだ。彼女は良い半世を送ったのだと。今更私が出向いて、つらかっただろう、などと抱き締める必要などないと。そのような慰みを彼女は望んでいないと。


(強く、美しく育った)


姉としては、嬉しいにきまっている。しかし私に芽生えたもう一つの感情が、それを阻害する。

わかっていた筈なのに、わかっていなかった。千景とのことは、あくまで私の問題。千鶴の安否を確かめたところで、何も意味はないのだと。
それでも、失望した。何もわからないまま、ただ焦燥感に駆られる。



答えは、まだ出ていない。




120116



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