何と面倒な


私を訪ねて来たという、若き南雲家頭首。彼が生き別れた従兄弟だというのは、一目ですぐに、わかった。

――彼は私など覚えていないかも知れぬ、身内顔をする私を厭うかも知れぬ、勝手に雪村の後継者を名乗った私は、憎まれているかも知れぬ。

今にしてみれば、冷静に思うことはいくつもある。けれどもその時の私は、無我夢中で彼を、薫を抱きしめた。成人男性に対してはあまりに失礼な行為。けれども、何も考えられなかった。あの日、あの晩、救えなかった大切な従兄弟をもう離してはならないと、心の奥底で思っていたのかもしれない。
薫は私を拒絶しなかった。腕の中で涙を流し、そして私を姉と呼んでくれた。嬉しくて、嬉しくてたまらなかった。未だに私を姉と慕ってくれるのかと。



薫が壮絶な半生を歩んできた事を知ったのは、その後のこと。再会を果たした日の晩、私は風間千景の部屋で酌をしながらそれを聞いた。



「俺が黙っていたことに対して、お前は憤るかと思っていたが」


前触れもなく始まった従兄弟の半生の身の上話は、風間のその言葉で締めくくられた。身の上話といっても、風間家の情報網に掛かった最低限の事実と、不確かな噂による簡素なものである。
私が風間の里に来た頃から、彼は薫の行方を追っていたらしい。けれども遂に、分からなかった。薫と風間は同じ時期に京に居た筈であるが、直接互いを認識することはなかったのだという。まさか薫から風間の里へ来るなど予想していなく、不確かな話をするのも妙であると私には伏せてあったと告げられた。


「感謝こそすれど、どうして怒るのです。貴方は私の為を思って、そうしてくれたのでしょう?」

「当たり前だ。お前は、俺の妻になるのだからな」

「…そうね。仮にも、夫婦ですもの」


仮に、と言った私に風間は少しだけ顔をしかめた。私は彼の愛を、まだいまいち信じきれていない。

それにしても、まさか薫が、あの南雲の養子になっているとは。南雲と聞いて脳裏を掠めるのは、母を死に追いやった恐ろしい鬼、南雲の頭首を名乗った男だ。


「辛い思いをさせてしまった…私と母のせいで」


江戸へつながるあの山道。もし母が、否、私だけでも南雲のあの男に身を捧げていたら、薫は一族殺しの業まで背負うことはなかったのではないか。
今更、過去の可能性を模索することは無駄だとわかっていたけれど、考えずにはいられない。


「お前がそこまで気に病む必要はない。同じ血が流れているとはいえ、今は身分も家も異なる男」

「立場が変わっても、私の大切な従兄弟です」

「お前を殺そうとしていたのに、か」

「…承知の上です」


思い出す。懐に手を差し込んだ薫。きっと短剣か何かを忍ばせていたのだろう。私に近づきひと思いに、なんて考えていたのかもしれない。


「こんなこと言ったら怒られてしまうかもしれないけれど…あの時、薫に殺されるのならそれでも良いと思いました」


薫が私に殺意を向けていることは、会ったその瞬間にわかっていたのだ。けれど、薫なら良いと思った。だから私は躊躇わず、彼を抱きしめたのである。
結果的に和解できたけれど、もし何か少しでも動作に狂いがあれば、今頃は冷たくなっていたかもしれない。冗談混じりに私が言うと、突然風間が声を上げた。


「許さぬ」


思いがけず鋭い言葉に驚いて、口を噤む。


「勝手に死ぬことは、許さぬ。お前は俺の妻、お前の命の行方は俺が決める」

「まぁ、傲慢。まだ祝言前だわ」


呆気に取られて彼を見つめると、風間は愉快そうに喉で笑う。しかし一拍置いて、ふと真剣な眼差しで私を見下ろした。


「千夜、少し問題が起きた」

「なんでしょう」

「思った以上に新政府の情勢が悪い。我が一族もこれに備え、一刻も早く結束を固めたい」


驚かなかったと言えば嘘になる。けれど、たまに天霧や不知火、千姫が耳に入れてくれていた外――人間界の様子から、可能性は考えていた。


「…予定を早めて、祝言を上げると?」


あまりに急である。けれども、時期を待ったからといって良いことがあるわけでもない。逆にこの時期を逃すと厄介なことになりかねないのだ。
風間は私の問いには答えず、ただ杯を仰ぐ。けれどもその表情は、はっきり肯定を示していた。


110704




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