余興は終いだ


文字通り、言葉を失った。衝撃に思わず思考回路が停止する。
私の聞き間違いでなければ、この男は、とんでもない言葉を吐いた。愛していると、おおよそ彼に似つかわしくない言葉を。

まさか彼がこのように、感情を露わにするとは。けれども風間は鬼の性を濃く受け継ぐ者。一旦決めたことには忠実で、それは恋愛面においても言える。決して口先だけの言葉ではないと――私を、本当に恋うているのだということは疑いようがない。
しかし私が口を噤んだ理由は、彼の秘めたる想いに驚いたからではなかった。風間千景がその言葉を想いを口にしたという事実に対して驚愕したのだ。勿論、彼が私に特別な感情を抱いているだなんて予想外、私も女である以上何も感じぬわけはない。が、それを彼が口にしたとなれば話は別だ。それは風間家当主たる彼が軽々しく紡いで良い言葉ではない。


「貴方、その言葉の意味分かっていますの」


ややあって、私は漸く言葉を返した。その声は僅かに震えている。


「まさか何も考え無しに、口走ったなんて言わないでくださいね」


吃と睨みつけるが、風間は、じっとこちらを見つめたまま微動だにしない。その表情は怖いくらいに真剣で、赤の瞳は全てを映すかのように怪しく揺らぐ。


「俺が、こんな下らない冗談を口にすると思うか」

「……」

「本心だ。千夜、俺の妻となれ」


まるで呪だ。たった一言で私は、彼に縛られそうになる。逃れる道はない。従う他に選べない。そう思わされてしまう。――畏怖しているのだ、この男の力に。私はそれに屈しそうになりながらも必死に耐え、気丈に顔を上げた。


「貴方は私の――雪村の血が欲しいのでしょう?」


それならば、ただそう言えばいい。そもそも私たちは、利害の一致で夫婦という仮面を被るつもりだったのだから。それを突然、愛、だなんて。


「…いい加減、認めろ。俺は俺の全てを賭してでも"お前"が欲しいのだと、そう言っているのだ。例えお前が"雪村の正統継承者"でなくとも、だ」


だが風間は、至極真面目だった。その言葉に偽りはないだろう。雪村の血ではなく、この千夜という個体が良いのだと云う。正統継承者でなくとも欲しいのだと。
初めて彼と言葉を交わした時、彼とは決して相容れないだろうと思った。けれども今。私と風間は似ていると、思わざるを得ない。互いに鬼の頭領の血筋に生まれ、他の鬼には無い強い力を持ち、今、一族存続を第一にと考えている。…私たちは誰よりも、"鬼"に縛られていた。


「全てを賭してと言っても、風間家を捨てるわけにいかないでしょう。私も、雪村の名を捨てるわけにいかないのだから。私たちは、鬼の名に縛られている。同じように」

「何が言いたい」

「…例え私が貴方の手をとったとしても、それは愛ではない。今の私は雪村を救うことしか考えられないのです」


そもそも今の私にとって、風間家との婚姻は願ってもないこと。雪村を守る為に、これ以上の好条件はない。私は損得で、風間家に嫁ぐのだ。だからそのつもりでいた私に、愛なんてものは邪魔でしかなかった。恋はせぬと、決意していたのだ。
その覚悟をあっさりと打ち砕くような発言をした風間に、恨みさえ感じた。


「俺は、お前の抜け殻が欲しいわけではない」


風間は呟く。ならば交渉決裂ね、と開きかけた口は、風間が続けた言葉によって遮られる。


「だが、今はそれでもいい」

「…なぜ」

「結納後にも時間は、いくらでもある。時間を掛けてお前を落とすのも、悪くない」


思わず呆気に取られ彼を見上げると、風間は不適な笑みを浮かべている。けれどもそれは冷笑ではなく、むしろどこか慈しむような色が滲んでいた。
こんな優しげな表情は、初めてだった。風間らしくないと思い、そしてこのような熱い視線を異性から向けられるのは初めてだと思い出し、頬が熱くなった。


「どうした。臆したか?」

「…まさか。貴方に呆れていただけです」


黙ったままの私を覗き込む彼に、我に返って切り返す。


「私の覚悟はそう簡単に、曲げられるものではありませんよ」


挑戦的に投げかけた言葉。風間はにやりと唇を歪めた。


「お前の覚悟の程、見せてもらおうか」






―――その晩正式に、風間千景と雪村千夜の婚約が発表された。
今回人間たちの戦争に加わり勝利し、鬼の一族の中で主導権を握った風間家と、滅びたとされた雪村家の継承者であり、東国の紫の上の娘との婚姻。その噂はあっという間に全国の鬼の里へと伝わった。これをきっかけに、鬼の里にも改変の流れをもたらすことになるのだが、それはこの後の長い歴史を見て初めてわかることであった。


そしてこの男にも―――。


「……姉上」




110527



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