解せん



無性に腹立たしさを感じた。何が原因か解らない。けれど気に食わぬ。千夜の一連の行動に、苛立っているのは確かだった。


「天霧、お前か」

「なんのことで御座いましょう」

「お前だろう。あの場に千夜を連れてくることを、助言したのは」


音も無く背後佇む天霧に、振り返りもせず投げかける。天霧がうろたえる様子はなく、ただ一拍置いて、確かに協力はしましたがと答えた。


「私が画策したわけでは御座いません。全ては千夜様が望まれたこと。私はそれに従ったまで」


天霧は、よくできた男だ。風間家に仕える家系の者としてよく働き、強固な義理堅さは信用に値する。だが、ただ従うわけではない。間違っていると感じたこと、己の信条に違うことには手を貸さず、あまつさえ俺を諫めるような発言までする。
使える人材ではあるが、厄介なのも確かな男である。


「お前には千夜を守るよう申し付けた筈だ。それを何故、危険にさらす」

「貴方に命じられたのは、あらゆる危険から千夜様を守ること。今回の件はただ"風間家に改めて挨拶を"とのことでしたから、危険事態という認識はしませんでした」

「あの老人どもの前に晒すことが危険ではないと?笑わせる、獅子の群に放り込まれた方がどれだけ安全なことか」

「それは、申し訳ないことをした。貴方がいれば安全かと」


無論、天霧は無能ではない。今の状況や家老どもの性質、あの行動を取ることで起こり得る全ての可能性についてよく知り、思慮を重ねていたのだろう。天霧の言葉は明らかに、俺の反応を見越した上での皮肉だった。
しかし、常に保守的な天霧にすれば今回の行動は急性で危険性も高いものである。それは彼自身感じていたのか、少ししてから短く息を吐く。


「風間。貴方も気づいていたでしょう。彼女が本気で動き出したら我々は止める術を持たない」


要するに、天霧は、千夜の頼みを断れずに手を貸したらしい。


「私とて、何の防御策も立てずに彼女をあの場に立たせたわけではありません。けれど危険は高かった。貴方の頭首としての力を信じての行動だった。幾度も説得は試みましたが、彼女は頑として譲らなかったですしね」


あんなに鬼と関わることに嫌悪していた癖に、一度覚悟を決めた後はこれである。お淑やかとは言い切れない彼女の行動は、いっそ清々しい。


「あの強情さに、惹かれたんだがな」


初めて言葉を交わした時の、意志の強さは健在らしい。彼女の紫苑の中に燃える炎は、例えようのない美しさであった。俺の言いなりに決してならない彼女に、妙な心地よさを感じる。


「――たが、雪村千鶴の為にそこまでするとは思わなかった。たかが肉親、同じ血を宿すからといって何故己を犠牲にできる」


俺には肉親への情が著しく欠けていると、自覚している。それには生い立ちが強く影響しているだろう。純潔家に生まれるということは、内部の醜い取引や蹴落とし合いを目の当たりにするということ。とてもじゃないが、愛情など、信用ならない。
だから似たような境遇に生まれた千夜が、千鶴に拘ることを理解できなかった。


「気に食わぬ」


何が、とはわからない。ただ嫌気が差す。この苛立ちは誰に向けるべきなのか。勝手を許した天霧か、千夜の思考を占める千鶴か、忌み嫌いながらも肉親に縛られる千夜か。


「それを嫉妬というんですよ」


向ける矛先の解らぬ感情を持て余している俺に、天霧は見透かしたように笑った。


「たまにお前は殺したい程、憎らしいよ天霧」


振り返りざま、思い切り睨みつける。しかし彼は、左様で、と気にした風もない。


100720



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