蓬けた記憶




「母子共に健康。しかも男女の双子だそうです」


緊張に身体を強張らせていた母は、父の言葉に安堵し、床へと崩れ落ちた。ひとり遊びをしていた私は、両親が何を話しているのか理解できずに首を傾ける。母は私をそっと抱き寄せ、言い聞かせるように囁いた。


「千夜、あなたが二人を守ってあげるのよ」


それは、今となってはもう幽かな、遠い日の記憶。

けれど私はその日のことを今でも鮮明に覚えていた。私の従兄妹が――雪村頭領の子が産まれた日のことを。





私が乳児というものを見たのは、初めてであった。不思議なことに、鬼は繁殖には向かないらしい。何故か昔から出生率が低く、鬼の一族の血を保つことを第一としていた。それは純潔の家系に色濃く根付く、信念のようなものでもあった。私には兄弟が居ない。乳母子も、母の身分違いの結婚、継承権を放棄して私を生んだことにより宛がわれなかった。屋敷の離れで自然と俗世とは隔離されて育った私には、初めて見る乳児は摩訶不思議な存在でしかない。


「あなたの従兄妹君ですよ」


叔母に当たる人が抱える毛布に包まれたそれを、私はおっかなびっくり覗き込んだ。すると、黒目がちな大きな瞳がじっとこちらを見つめている。


「……」


互いに顔を見合わせて暫し。突然赤ん坊は、きゃらきゃらと可愛らしい声を上げて笑った。私が叔母に言われるままにゆっくり指を差し出すと、存外しっかりとした力で指を握られる。赤ん坊の大きさは、まだ子供だった私の半分ほどしかなかった。けれど、確かに生きていて。なんだか分からないまま、幼いながらに私は「守らなければ」という使命感を感じたのだった。

父母は従兄妹――薫と千鶴の誕生を心から喜んだ。雪村家に連なる者としては、頭首の後継ぎに当たる鬼が生まれたということは、一族を挙げて祝うべきことである。しかし母にとってそれは同時に、雪村本家の継承権を完全に失うということだった。しかも母の子は娘の私のみ。貴重とされている純血の女鬼である千鶴、そして男鬼である薫。彼らは統治者には欠かせない要素を含んでいた。いよいよ本家から厄介者とされかねない母は、普通ならば恨み、自分が継ぐはずだった地位を無理に取り戻そうとしても可笑しくない立ち位置にいる。が、きっと一度も嫉妬心など覚えなかったのだろう。慈しみのあふれた表情で、ひたすらに二人の健康を祈っていたのだから。そして私は母に、従兄妹を守るように言い含められていた。


通常行き来は許されない離れと母屋。片や訳ありの女鬼の娘。片や頭首の子。複雑な立場なため、本来は私が双子に会うのは禁じられるべきなのだろう。けれど私は度々、頭首――薫と千鶴の父で私の叔父――に呼ばれて従兄妹たちの遊び相手となった。ちいさな二人は私を誰だか認識していなかったに違いないが、私はちいさな彼らをとても愛しく感じていた。本当の、弟と妹のように思っていた。

物心ついていた私は、ぼんやりと自分の立場に気づいていた。けれど、このまま二人を支えたい、雪村頭首となる二人の支えとなれればそれでいいと、思ってさえいたのだ。



しかし、私が二人に会ったのは彼らがまだ歩き出す前が最後だった。
私が里を後にするときに見たのは燃え盛る母屋。到底二人は生きていないだろうと、思い出す度に苦しく感じた。






「我らが雪村千鶴と出会ったのは、三年前の京でだった」


千景は、ゆっくりと語り始めた。


「江戸の蘭医の娘として京へ上ったと聞く。が、彼女は新撰組と行動を共にしていた」


想像だにしていなかった話に、身体へ震えが走った。あの襲撃で、亡くなったかと思っていた従兄妹。それが、今になって生きていると告げられるなんて、誰が予想していただろう。千景は私にちらりと視線を向けると、静かに付け足した。


「お前に、そっくりな強気の娘だった」



100327



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