或は独白の誰ぞと




不意に、美しい紫色が視界を染めた。

ぼんやりとしていた俺の意識が、ゆっくりと戻ってくる。紫の軌跡を辿るように視線をさまよわせると、向かいの店先で、見事な紫色の反物が人々の注目を集めているのが目に入った。仕立てたばかりなのか、その鮮やかさが美しい。

(あの女に、よく似合うだろう)

無意識のうちに、俺はあの女を脳裏に描き出していた。紫苑の瞳に、紫はさぞ映えるだろうと。まだ一度しか、言葉を交わしたことはない。けれど、千夜への興味は、まだ尽きることは無さそうである。

初めに見たときは、なんて弱い女だろうと思った。迫り来る羅刹に対し、身動きひとつ取れずに震える彼女。これでは、新選組と運命を共にしようとした雪村千鶴の方が、まだ凛々しいのではないか。

(まぁ、従順な方が従え易いだろう)

そんな風にさえ思った。しかし少々、退屈するかもしれないと。
が、その考えは直ぐに、打ち砕かれることとなる。


――鬼は嫌いです。


俺を目の前にし、何の迷いも躊躇いもなく、千夜は言った。
それから彼女が明らかにした生い立ちは壮絶なもので、自分の知識として持っていた雪村家の話とは、また異なるものであった。
正直、驚いた。
雪村家の話にではなく、千夜の穢れを感じさせない真っ直ぐな姿勢と言葉に、だ。


――鬼は嫌いです。貴方も含め。そして、自分に流れるこの血が憎くて仕方がない。


俺を前にして、こんなにはっきりと鬼への嫌悪を示す女鬼がいただろうか。自らも否定し、千夜は鬼との関わりを全身で拒否していた。


――父も母も、この血故に命を落とした。私たちが何をしたと言うのでしょう。この血は私を縛り付けるばかりなのです。


確かにそうかもしれない。風間家頭首として産まれた自分も、一族内の圧力や人間との折り合いその他諸々で、苦労をした。その中で、決められた道をただ行くことに、息苦しさも覚えたものだ。
ただ、それは己に与えられた定め。それを放棄することは、自身の鬼への誇りにも関わることだ。だからこそ俺は、自分の立場を受け入れた。そして千夜は、否定することで鬼であることを放棄した。


――里へ来ないか。


千夜を誘ったのは、気紛れだ。或いは、鬼であることに悲観した彼女に鬼の本来の姿、気高き姿を見定めて欲しくなったからかもしれない。千夜は鬼の、穢れた部分しか見ていない。本来は誇るべき血なのだ。


別れ際、不安げに揺れた瞳を思い出す。


俺は彼女に、暫く婚姻については保留にすると約した。しかし実のところ、彼女を手放す気など全くない。その気高き美しい気性こそ、我が妻に相応しいと確信した。
無理矢理攫い、娶ることは簡単だ。だがそれでは面白くない。強情な千夜の心を開かせ、納得させた上で妻としたい。それでこそ、彼女の全てを手に入れることができるだろう。真の夫婦となることが、できる。


日が傾きかけた部屋で、そろそろだろうかと、俺は指折り、日にちを数える。かの女鬼と、千夜と再び見えるのが楽しみで仕方がない。

(早く来い。そして、俺の妻と成れ。)

焦がれるような気持ちを秘めながら、俺は視線を紫へと移した。


部屋には彼女の為に誂えた立派な着物が、彼女の到着を待っている。



090907



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