お目通し願おうか




「風間は、急な用事で江戸を去らねばならなくなりました。私は彼の代理の者です。貴女が千夜殿ですね?」


その堅い口調は、養父の元へと出入りしていた、幕府のお偉い役人を連想させた。けれども決して上から抑えつけるような物言いではなく、こちらを思いやるような表情になんだか安心する。
その男が私を訪ねて来たのは、あれから一週間の後だった。


「私が千夜です。わざわざお越しくださって、ありがとうございます」

「先触れのない訪問、申し訳ありません。風間から貴女の話は伺っています。早速ですが先日の返事を、聞いても?」

「立ち話も何ですから、どうぞ上がって下さいな」


にこりと微笑み提案すると、体躯の良い長身の男は「ありがとうございます」と再度頭を下げた。
風間は、急遽里へ用事ができたらしい。本当は私の返事を聞くまで滞在しようとしてくれたらしいが、それはかなわなかった。だから、彼を私への使いへ走らせたという。


「風間は、貴女を大変気にしていた。決して約束を違えることはないから案ずるな、と言っていました」


言ってから、彼は感心したように私をじっと見つめる。そして少しだけ頬を緩めた。


「あの男は相当厄介な男。そんな彼にそこまで言わせるなど、大した女性だ。それに噂通りに――美しい」


あまりに率直な言葉に、風間に言われた時とは違った恥ずかしさがこみ上げてきた。屋敷からあまり出ない生活だったので、そういったお世辞に慣れていない私にはどう反応して良いかわからない。
ごまかすように咳払いをして、それで、と切り出した。


「私は、どうすれば良いのです?」


きっと彼は私を里まで案内してくれるのだろう。単純にそう思った。
しかし、男は驚いたように固まった。…何かおかしなことを言っただろうか。信じられない、と言わんばかりの表情に、首を傾ける。


「風間の誘いを、受けるのですか?」


しばらくして、そう聞いた彼の声はかすれていた。当然、そのつもりだと頷くと、男は驚きに目を見開く。


「あの…受けたら何かまずいことでも…?」


風間は里へ快く誘ってくれたと思っていたのだが、あれは社交辞令だったのだろうか。やはり、鬼に関わるのは今更すぎるのか。
よほど不安そうだったのだろう。私の表情を見て、彼は、はっとしたように首を振った。


「とんでもない!皆、貴女を喜んで迎え入れるでしょう」

「…本当ですか?」

「勿論。ただ、貴女が断るのではないかと私が勝手に思っていたので…」


私ってそんな、恩知らずの女に見えるのだろうか。そう思った私を察してか、男は困ったように笑う。


「風間が一人で貴女に会いに行ったと聞いて、不安だったのです。彼は女性と話すのが得意ではないですから。最悪、攫ってくるかと…」

「攫うだなんて、まぁ」

「………」


くすりと私が笑うと、彼は遠い目をしてため息を吐いた。どうやら、彼には複雑な思いがあるらしい。


「では、里へお越し下さるのですね?」


その問いに私が頷くのを確認すると、男は、姿勢を正して深々と頭を下げた。


「改めて、御挨拶申し上げます。私は今回、千夜様を里までお送りする任を預かった鬼」


――そこで、彼は顔を上げた。


「天霧九寿と申します」







「…私が風間さんと婚姻を結ぶお話は、今は、なかった事でいいのですよね?」


それだけが不安だった。里へ行ってしまえば、女一人監禁するくらい容易いだろう。女鬼がどれほど重宝されているかは、身を持って知っている。天霧は、念を押すように尋ねた私を、安心させるように肯定した。


「大丈夫です。無理を言う輩はいるでしょうが…絶対に、貴女は私たちが守ってみせます」


とても頼もしい、返事だった。



090812



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