九段くんは、少し変わったお子さまだと思う。日々、私のその思いは徐々に強くなりつつあった。

私を拾ってくれた小さな当主様は、心優しい少年だった。年は九つになるというけれど、その割には博識だ。頭も悪くない。けれどどこか天然で抜けていて、常識を知らなくて…ちょっと変わり者。

でも少し変わっているところは本来の性質に加えて、育った環境によるものなのだろう。
九段くんは、学校には行っていないのだ。お隣の千代ちゃんやご近所の子供たちは揃って学校へ通っている。大正時代はもうほとんど現代とシステムは変わらない。

もちろん、萩尾家に経済的余裕がないわけが、なかった。こんなに立派なお屋敷にすんでいるのだし、昔からの名家であるらしいこともちらりと耳にした。九段くんのお母様もお父様も、使用人の方々に至るまで皆上品な佇まいである。


「我は、修行をしなければならぬのだ」


学びやへ通う千代ちゃんを見送った後、彼は胸を張って答えてくれた。曰く、萩尾の家を継ぐものとして、常識には収まらない様々な知識や技を拾得しなければならないのだとか。しかも、決して強制されているわけではない。彼自身が望んでのことだ。


「星の一族、というのですよ。古い時代から連綿と続いている一族の、九段様は跡継ぎなのです」


ハルさんはそう教えてくれた。なんでも、星の一族とは昔から龍神と深い関わりを持っている名家であるらしい。その存在には、政治的な力を持つ各界の上層部も一目置く程だとか。
龍神の見守る世界。そんな伝説のような話が、この世界ではまかり通っているらしいのだ。最初聞いたときは、お伽噺程度に認識していたがそれよりも重要なことなのだ。現にこうして九段くんは跡取りとして日々奮闘しているのである。


「そんな凄いお家の御曹司が私みたいな怪しい女を保護していいのでしょうか・・・」

「あまり褒められた事ではありませんが九段様が決めたことですし・・・それに、貴女は異世界から来た女性というだけで、萩尾家としては価値のあるお方ですよ」


ハルさんの後をついて回る私を、彼女は邪険にせずに一々話に答えてくれる。ハルさんは背筋のピンと伸び、キリッと働く姿がとても素敵だ。年の頃は三十歳程ではないかと推測する。すっと通った鼻筋が彼女をクールに見せるが、まとう空気は柔らかで、どうにも話やすい。

萩尾家にお世話になり初めて数日。最初のうちは客人としてもてなされていた私だが、そろそろいたたまれなくなりつつある。しかし行くあてもなく、身の振り方もわからない。私のお世話をしてくれていたハルさんに、少しだけでも屋敷の仕事を手伝わせてくれないかと交渉中である。

九段様のお客人に侍女の仕事など、とやんわり断られたものの、私はこのままでは駄目だろうなとここは引き下がるわけにいかなかった。だから昨日から、こうしてしつこくハルさんの後ろをついて歩いているのだった。根気勝負である。
その合間を縫って、色々この世界と私の常識との差違を少しずつ埋めていこうという魂胆だった。


「珍しいのはわかりますけど…でも、私が悪い人だったらどうするんです。不用心でしょう」

「そうですね、でも、椿さんは悪いお人ではないでしょう。人助けをすることは、良いことじゃないですか」


にっこりと振り返ったハルさんに、私は言い返せなかった。その通りなのだが、やはり危機感が薄いような。でもここまではっきりと言いきられると、どうにも反論する気は失せる。


「ハルさんって結構、心の広いお方ですよね」


というよりも、少し大胆なところがあると思う。



150927



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