出会いは唐突に


梓の生まれ育った世界では「大正浪漫ブーム」とやらが時折騒がれていた。若い女性をメインに、レトロなモチーフやデザインの小物、衣服などが良いとされていたのだ。その当時梓自身ははあまりピンとはこなかったが、今ならわかるような気がした。和洋折衷、新しい文明が芽吹き始めたばかりの帝都の文化は、華やかで美しい。煌びやかで、素敵だ。和と洋、一見相容れないもののように思えて、組み合わせた時の意外なハマり具合がたまらないというか。
とはいえ、やはりまだまだ洋服は珍しいのだ。だから、その女性の姿に思わず声を上げてしまったのだ。


「わ、メイドさんだ!」


虎やコハクと、街へ買い出しに出た時のことだった。各々、個人的にみたいものがあるからと解散して少し。銀座の町中にひとり、彼女は立っていた。特に、目立ったところのない女性だ。ただ、その衣服だけが他からは特徴的に際だって見えた。
西洋式の黒のメイド服。それも近代の日本でファッションとして流行っているような安っぽいものではない。足下あたりまで裾丈のある重厚感のある本場のものだ。確かに海外からやってきている人も少なくない帝都であるが、メイドにはなかなかお目にかかれるようなものではない。しかも、身につけているのは梓とそう年頃も変わらないように見える日本人女性だった。

彼女は梓の声に、振り返る。そして、声の主が梓だとわかると、にこっと笑って首を傾げた。


「何か私に用事でも?」

「あ、いや……背、高いんですね」


梓の言葉に、彼女は目を瞬いた。わざわざ近くまで寄ってきた彼女を見上げ、これまた、思ったことをそのまま口にしてしまった梓は、しまったとうろたえる。初対面でいきなり失礼すぎる。


「ご、ごめんなさい!つい、珍しくて」

「気にしてないわ。確かに、この服は目立つよね。私もお役目じゃなければわざわざ、着ようとは思わないし」


案外、気さくな女性だったらしい。
それにほっとしながら、改めて梓は彼女を見上げた。――この時代の女性にしては背が高い。高すぎるというほどでもないが、平均よりは高めだろうと思う。梓より頭一つ分はある。けれども、その背丈だから余計に西洋式メイド服が似合って見えるのだ。これでどこぞのお屋敷にいたら、とてもしっくりくるのだろう。


「似合ってて、とても素敵だと思います。お仕事着なんですよね」

「家政婦をやっているんです。今日も、買い出しで」

「あっ、もしかして私お仕事の邪魔をしてしまいましたか?」

「いえ、大丈夫。もう用事は終わって、ちょっと銀座を見ていこうと思っていたところだから」


ほら、と胸に抱えた紙袋を見せる。
それにしても、帝都の銀座街に彼女の姿はよく映えた。まるで映画の中のワンシーンみたいである。と、思っていたら、彼女も梓をじっと見てつぶやく。


「貴女のその服も素敵ね。こんなセーラー服みたいなのこの時代にもあったのか〜……」

「え?!この時代って?!」

「え!!!? あ、いや、この世界って言うか帝都っていうか……あっ、そう私、こっちに来たばかりで、実は前は京に居たから!」


しまった、とばかりに彼女はしどろもどろになる。けれど梓は訝しがりもせず、京かぁ、となんとなく納得した。この世界の京には行ったことがないけれど、帝都のこの様子では現代の京都とも雰囲気が違うのだろう。
実は銀座でもしょっちゅう迷ってしまって、と続けた彼女に急に親近感が沸く。


「それじゃあ、浅草の稜雲閣を見たとき驚いたんじゃないですか?」

「あ、びっくりした!まさか浅草にあんなものがあるなんてね」

「だよね!!それに、東京駅があんなんだなんて、思っても見なくて」

「わ、わかる〜〜〜」


梓も帝都に来たばかりだから話が合う。帝都に来てから色々な人と話す機会はあったけれど、こんなに価値観があう、と思った人は帝都で初めてだ。
まるで、元の世界を共有しているかのような気持ちがして。どこか張ってた気持ちが、ほっとゆるんだような気がして。


「私、赤坂方面のお屋敷で働いているの。もし何かあったら訪ねてきてね。坊ちゃん――働いているところのご主人もいい人だから、きっと歓迎してくれると思うわ」


そういって、彼女――椿と分かれた梓は思う。
帝都に来てからずっと、帰るためだけに奔走していた。蠱惑の森のみんなはよくしてくれて、楽しいことも沢山あった。けれども、どこかやはり自分の住む世界はここではないという気がしてしまっていたのだ。だけど、それだけじゃない。この帝都には、たくさんの人がいる。椿と話して、初めてそれを心から認識できた気がする。


「おい、なににやけてるんだ」


ぼんやりと集合場所に立ってた梓を、やってきた虎が見下ろす。梓は先ほどの交流を思い出して、ついまた、表情をゆるめる。


「虎。あのねさっきね――」


また、どこかで話をしてみたいと思った。
何といっても、やっぱり、女の子の知り合いができたということがとても嬉しかったのだ。

(きっとまた、会える気がするな)

その予感が当たるのは、まだ、もう少し先のこと。


170724



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