その卵、譲れません! お互いに視線を合わせたまま、ぴたりと動きを止めていた。 彼は、私よりも頭一つ分ほど背が低い。年も若いだろう。まだ少年といった風情だったけれど、それでもその目つきで理解した。 (――この子は、できる) それは、私の数年に渡る家政婦経験がはっきりとそう告げていた。まさかこんな年端のいかぬような少年が……という気持ちはしたけれども、それでもこうして互いに視線を合わせていて押し負けそうになる。どうやら彼は本物だ。 整った顔はどこか良いところの坊ちゃん風なのに、瞳に宿る光は、そう。優秀な従者――もとい、優秀な家政業務をこなしてきた者のものだった。 「あの……」 「えっと……」 私たちは同時に声を発する。視線は逸らさない。そして、つかんだ獲物も離さない。 「これ、譲ってくれませんか」 「あの、譲ってもらえないでしょうか」 互いに発した言葉で理解する。どうやら、あちらも譲る気はなさそうだと。 それはある日の昼下がりのことである。 龍神の神子召還の儀が行われた少し後。九段くんは街での神子捜索に乗り出し、有馬さんや片霧さんもそれに同行しているらしい。私は協力するにも力が及ばないながらも、それでも自分にできることをしようと思っている。そう、食事だ。九段くんにおいしいご飯を提供するのが私の役目である。 そして今日は、なんとも美味しそうな鶏肉を入手したのだ。玉葱もある。メニューは一瞬で決まった。 「今日は親子丼の予定なんです!卵はかかせなくて!」 「うちはオムライスです。こちらの方が卵はかかせないでしょう?!」 私と少年が同時につかんでいるのは卵の入った籠だった。10個入り。ここの店は隠れた名店で、養鶏所の直営だった。だから卵が安い。そして新鮮である。 この店を知ってからは、ほかの場所で卵は買えなくなった。この店を知っている主婦・料理人はなかなかの通である。でもそれほどの良い店なのだ。売れ切れが早い。 午後一番にやってきたのだけれど、もう既に卵はラスト1籠だったのだ。それに手を伸ばしたところで、この状況。どうやら同時にねらっていたらしい彼と、こうして押し問答している。 そして先ほどの言葉ではっきりした。どちらも譲る気はない。 「親子丼でしたら、今からでも卵なしのメニュウに変更可能なのではないでしょうか。鶏肉、玉葱で作れる料理は多い。なにも今日、卵にこだわる必要はないのでは?」 少年は、フードの奥からじっと私を見つめて言った。若い少年だけれど、どうやら料理にかなり精通しているらしい。 少年の提案は最もだ。けれども、今日は親子丼と決めているのである。そして――既に九段くんに言ってしまったのだ。今日は親子丼にするね、と。 (嬉しそうに出かけていったもんなあ……メニュー変更なんてしたら、どんなにがっかりされるか) 食い物の恨みは恐ろしいともいうし。 と、いうわけで首を縦には振れない。 「それを言うのであれば、オムライスだって。チキンライスの予定なら、チキンライスはそのままに、付け合わせや工夫次第でほかの料理にもできるはずです」 「一理ありますが、今日はそれは出来かねます。梓さんが食べたいと言った料理なのだから……いえ、なんでもありません。とにかく、これをどうしても譲ってほしいんです」 「こっちも譲ってほしいです……!」 にらみ合い、早数分。 店主はちらりとこちらに視線を寄越したが、介入する気はないのかすぐに目をそらした。その間も私たちの間には火花が散る。 でもこのままでは埒があかない。私は、少年に妥協案を提示することにした。 「あの、私は3つあれば足りると思うので。よかったら、半分こしませんか?」 結果。 少年も7つあればどうにかなるということで、和解したのだった。 「それにしても君、料理に詳しいみたいね。台所をすっかり任されているとお見受けしました」 「ええ。食事は私の仕事ですから。ほかの誰に任せるつもりはありません。でも、貴女も。チキンライスを家庭で作るひとはまだ少ないでしょう。洋食にも和食にも通じているようだ」 「まあ、そうね。よく食べる人に仕えているから」 卵を仲良く分けながら、なんだか親近感が沸いていくる。少し話をしただけでも、彼が料理に関しては一流らしいことが伺えた。それに、話が合う。どうやら私と似たような仕事をしているらしい。家政関係の情報や技もいろいろ知っていそうだった。 「今日はありがとうございました。親子丼、がんばってくださいね」 「こちらこそ。もし、また縁がありましたら、お話しましょう」 「ええ、お互い有益な情報交換ができそうですからね。私からも、ぜひ」 握手を交わし、分かれる。 こうしてまた、帝都に知り合いが増えたのだった。 161128 ルードくんと家政業友達になる。 |