4 *** 聞けなかった。九段は会話の途中で不自然に表情を堅くした椿に、それ以上強く問いつめることができなかった。 神子召喚の儀は成功した。けれどもその結末を思うと、つつがなく事が運んだとは言い難い。神子は鬼に奪われ、そして目下捜索中。それでも、神子をこの地へ召喚するという大仕事を終えて、九段は少し興奮していたのかもしれない。その後、徹夜で似せ絵を描いたせいもあるだろう。だからこんな、些細なところで取りこぼす。 予言のことは椿も知っているとはわかっていたし、九段は椿に現状を隠そうという気がない。だが、不安にさせるようなことを言う気も、困らせるつもりもなかった。 それでも、彼女の言葉がどうしても気になって、つい失言をしたような気になる。 椿のことが心配だ。 九段が彼女に一番に感じている感情だ。椿は、危うい。突然現れ、そして消えて、また現れた。そのせいか、目の前にしていても存在がどこか希薄に感じる。 (あの時、どうして椿は火事の中に入っていった?) 苦い記憶が蘇る。 あの時、どうして椿が姿を消したのか。原因は火事にあるのではないかと九段は考えている。けれども肝心の彼女は前後の記憶が曖昧で、また九段もその時のことを中々聞けずにいる。 聞いてしまうのが怖いのかも知れないと思った。――自分が、何を恐れているのか、その正体に気づきたくないとも。 だから、つい曖昧のまま現状を維持してしまう。屋敷に帰ると、椿がいて。おかえりと言ってくれる今の状況に甘んじて、問題を先送りにする。良くないことだ。いずれは、はっきりさせなければならないことも、多い。 (だが、今は椿を気にしている訳にはいかない) 待ちこがれた龍神の神子。 まず優先すべきは彼女の身である。それは、生まれた時より定められた九段の運命だった。 今も街を歩きながら、九段は地道に神子捜索に専念する。 ふと、足が止まった。 名の分からない花が、目に飛び込んできた。何の花だろうと顔を寄せかけたところを、後ろから声をかけられる。 「九段どの、よろしいでしょうか」 「む?」 ひらりと、九段の前を一羽の蝶が横切った。 九段の意識は花から逸れて、呼び止めた人物へと向かう。精鋭分隊の伝令だろう。 そしてそれから、九段の意識がその花に戻ることはなかった。 160904 |