文明の利器って、素晴らしいと思う。
遠くの相手と気軽にお喋りできるなんて。――まあ、私が生まれ育った世界ではもっと家庭に普及していたと思うのだけれども。


『”相談役付き家政婦”?!』

「いつの間にって感じだよねぇ。この前、軍の方にそう呼び止められてびっくりしちゃった」

『九段ったら相変わらずなのね。椿お姉ちゃん大好きなんだから』

「え、そうかな」

『そうよ。椿お姉ちゃんは、私のお姉ちゃんだったのに』


頬を膨らませているらしい声に、思わず笑ってしまう。かわいい反応に、嬉しくなる。

通話先は、京。私が七年前までお世話になっていた勤務地である。
今朝、突然九段くんに声を掛けられて渡された受話器。今のこの時代にはまだ家庭用電話機はそう普及はしていない。でも軍や、貴族あとは大きな商家なんかには普及しつつあると聞いている。軍邸にも電話は備えられているが、私に掛かってくることはほぼない。あっても、九段くん関連の取り次ぎや雑用を申しつけられるくらいである。
だから、私に用事だと言われて恐る恐る受け取ったのだ。

(千代ちゃんの家にはあってもおかしくない)

私が勤務していた頃にはまだ無かったと思うけれど。導入しようと言う話は出ていたような気がする。

それはそうと、千代ちゃんである。7年前、突然姿を消した私が見つかったと――九段くんは、私がこの軍邸にやってきた翌日には電報を打っていたらしい。
電話先から聞こえてきた声はとてもしっかりした女の子の声で、まさかあの千代ちゃんが、と内心驚きを隠せない。彼女は今年、17歳になるという。

何故突然現れたのか――それは自分でも説明できないので、私はざっと今の状況を彼女に伝えた。それで、最近は「九段くん専用雑用係」と思われているらしいことを伝えたのが冒頭の会話だった。
千代ちゃんは、ようやく涙声が落ち着き、私の言葉に笑い声を上げた。


「椿お姉ちゃんは、相変わらずなのね。安心した。――私ね、椿お姉ちゃんに会いたいわ」


囁くように言われて、ぐっと胸に熱いものがこみ上げる。
私にとって飛び越えた7年は、彼女にとっては長いものだっただろう。その間に色々なことが彼女に起こったに違いない。私はかつて、千代ちゃんを守りたいと考えていた。九段くんから、千代ちゃんが今少し問題を抱えているらしいことは聞いている。一番彼女が思い悩んだ時期に、側に居られなかったことが悔やまれてならなかった。


「話したいことが沢山あるの」

「うん、私も千代ちゃんのお話を聞きたいな。近いうちに、お休みをもらって会いにいくね」

「ええ、きっとよ」


念を押すような彼女の声を最後に、通話が切れる。
じっと受話器を見つめた私の背を、後ろで控えていた九段くんがそっと撫でた。


「椿安心しろ。きっと千代とは、すぐに会える」


何故か、九段くんの言葉には説得力がある。
それなのに私は、どこか少し不安に思う。すぐに、と言うけれどどのくらい先の未来だろうか。私にとって、千代ちゃんと最後に会ったのはほんの数日前にすぎない。でもそれは彼女からしたら、もう7年も前の記憶で。

(やっぱり…難しいな)

私と周囲との感覚が、噛み合わない。
そして私がどうして7年を飛び越してしまったのか、そもそもの原因は未だに掴めていない。私がどうしてこの世界へ来てしまったかだって。
だから、またいつか突然、今のこの時空から離れてしまうことになるのではないかと、思ったりもするのだ。

(いい加減、私も手の内を明かして九段くんに協力を仰ぐべきかもしれない)

なんて、明らかにできることは少ないのだけれど。

(それにしても、7年も前に姿を消した私を、皆忘れないでいてくれたんだなあ…)

かつて九段少年に拾われた私は、持ち物も帰る場所も、記憶さえも何も持っていなかった。だから身軽で居られたし、危機感も薄かった。
でも今は、違う。
私には、私を慕ってくれる人がいて。お世話になった人がいて。暮らす場所も仕事もあって。この世界にいつの間にか、私の居場所ができてしまっていた。

(もう突然消えるなんて、できない)

ぼんやりと、しかし強く思う。
忘れてしまった胸の奥が、焼け焦げたように痛む気がしたけれども、それでももう私は以前の私から変化しつつあった。


160618



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