それから、九段くんのおすすめスポットをいくつもまわり。それ以上におすすめの甘味をひたすら食べさせられ。最後に立ち寄ったのは浅草六区だった。
帝都は、京よりもずっと近代化が進んでいるようだった。煉瓦作りの建物や馬車、道行く人々の服装もどこかモダンで洋服も多い。あるいは、今の京も私が過ごしていた頃に比べたら同じように近代の様式へと切り替わっているのかもしれない。
浅草の混雑の中、九段くんは空に向かって指さす。


「あの高い塔が、凌雲閣。すごかろう。できたのは明治二十三年というが、我も帝都に来た時にびっくりしたものだ」

「うん、すっごい高い」


この世界へ来て、あんなに大きな塔をみたのは初めてだ。凌雲閣は浅草のシンボルとしてなくてはならない存在だという。でも、不思議だ。私の元の世界とここの世界、ある程度地理や建物なんかは同じようだが、私はこの塔が向こうの世界の浅草にはなかったような気がした。


「さて椿、そろそろ帰ろう。遅くなるとハルが心配するし、怨霊がでるかもしれぬ」


さも当然に出されたその単語に、自然とつながれた手を、思わず引っ張ってしまった。


「九段くんはその――怨霊をどうにかする為に、この帝都に来たんだよね?」

「そうだぞ。最初は苦労もしたが…今は、精鋭分隊もまとまっている。それに重要な儀式も控えておる」

「儀式?」

「すまぬ、詳しくは教えられないのだ」


重要機密らしい。申し訳なさそうに、眉尻を下げる彼に、気にしていないとつないだ手に力を込めた。気になっている部分は、そこではなかった。


「それは……この世界に予言通りの終焉が待ち受けてるってこと?それを防ぐために九段くんはがんばっているんだよね」

「そうだな…まだ未来は、わからぬが、危機は迫っておる」


九段くんの表情に暗い影が差す。
何度も何度も思うけれど――大人になったと思う。小さなあのころも、大人に負けないくらいいろいろ考えて頭を悩ませていた彼だけれど、それよりもずっと大人になった。今の九段くんの肩には、私が想像するよりもずっと大きな責任やら何やらが乗っているに違いない。

(もっと予言の実現は、先だったら良かったのに)

彼が小さな頃にも思ったことを、改めて思う。喉の奥に苦いものが張り付くような感覚。そして、今日一日考えていたことを決意した。


「あのね、九段くん。お願いがあるのだけれど」


九段くんを見上げる。昔は私の半分くらいしかなかった身長は、今は首を上に向けないと視線が合わない。


「今私、最初に九段くんが拾ってくれた時と同じように、行き場所も目的もわからないの。もうさすがに、駒野家の侍女は解雇されてるだろうし」


九段くんは私を見下ろす。伸ばされた横髪が数本、私の頬を撫でる。


「私を、この軍邸で家政婦として雇ってもらうわけにはいかないかな?」


私は、思ったのだ。どうせ行く場所もない。やるべきこともわからない。でも小さな恩人にもらった恩を、成長した青年に返したいと。
まだ間に合うのなら、帝都で頑張る彼の助けになりたいと。





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