驚いたことは、いくつもあった。
ここが九段くんの言うように、七年後の大正十二年だということ。そして此処は京ではなく、帝都東京なのだということ。あの予言書にあるように、今帝都では怨霊が蔓延り、九段くんはそれをどうにかするために二年前からこの帝都にいるのだということ。

どうやら私は何らかの原因により、大正五年から七年後へと時空を越えてしまったらしいのだ。
信じられないことだけれど、信じる他ない。それに、よく考えたら今更だ。元々私は、別の世界からやってきた迷子なのだから。


「我は今、帝国軍で相談役の地位についていてな。そこで精鋭分隊の設立を――あ、椿!ここだ!ここのアイスクリンが特に美味でな〜!」

「ちょ、ちょ…九段様ちょっと待ってください」

「それに、あっちも!あの店のあんみつもなかなかだぞ!今買ってくるので、そこに座ってまっていてくれ!」

「え、あ、あー…行っちゃった」


私を手頃なベンチに座らせて、ぱたぱたと小走りで行ってしまった九段青年に、自然と小さなため息を吐いた。大きくなっても、甘味を前にしたあのはしゃぎようは変わらないらしい。
九段青年は、道行く人たちと比べても、頭一個分は背が高い。だからそんなにはしゃいでいたら目立つだろうに。本人は気にならないようだから、いいのだけれども。

でも正直、安心したのは確かだ。彼が変わっていなくて。もしこれで九段青年が「甘味など女子供が食すものだ!」なんてことを言っていたら、さすがの私もショックで立ち直れなくなっていたかもしれない。だって、ふわふわした雰囲気はそのままとはいえ、今の彼は立派な青年には変わらないのだ。

――椿は帝都は初めてだろう?我が案内する。

そう提案されて、連れ出されたのは、私が目覚めた翌日だった。
私が寝かされていたのは九段くんが今暮らす、帝国軍邸だった。部屋数も多く、ある程度彼の自由に権限が利くらしい。本当は麻布病院へと運ぼうとも思ったらしいが、私の身の上の不安定さを考慮して九段くんは自分の住居へと私を匿ってくれたのである。
ちなみにハルさんは今そこで、家政婦をしているのだという。九段くんの目付役として、萩尾家から共に上京してきたのだ。

それにしても、帝国軍邸。軍直轄のお屋敷なのだ。中は西洋作りでかなり広い。萩尾の家も立派だったけれども、民家との違いは計り知れない。私にはその外観や内装の豪華さよりも、平然と九段くんがそこで暮らしているということの方が衝撃的だったりする。


「九段様、仕事は大丈夫なのですか?」

「我の心配をしてくれるのか。でも大丈夫だ、急ぎの用は粗方済ませてある。今日は大事なひとをもてなす故仕事は請け負えぬと有馬に伝えてもあるからな」


あの小さな九段くんが帝都で働いているというのもびっくりなのに、軍属。しかも相談役というのは、上層部の――かなり上の立場なのではないだろうか。詳しい知識はないけれども、道行く軍人が敬礼してくるのだからたぶん認識は間違っていない。
七年後も相変わらず身元の不確かな私が、彼にこんなにもてなされていいのか。ありったけの甘味やらアイスクリンを抱えて戻ってきた九段くんを見ながら考える。…少し買いすぎな気がする。


「九段様がこんなに立派になっているなんて、少し感動だけれど、食べすぎじゃないかな」

「椿、それやめてくれぬか。その、九段様っていう呼び方だ」


焼き菓子を口に運びながら渋い顔をする彼の言葉に、既視感。私の中ではつい先日、九段くんの中では七年も前に全く同じやりとりをした。


「えええ…じゃあ、九段、さん」

「そ、それもだめだ!」


頬を膨らませて訴える彼に根負けする結末も、以前と同じなのだった。


「じゃあ、九段くん?」

「うむ、それで頼むぞ椿!」




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