目が覚めたらそこは、七年後の世界だった。
――そんな阿呆なことはあんまり起こっていいようなことではない。


「嘘でしょ…本当に九段くんなの?」

「嘘ではないぞ。何度でも言うが、間違いなく我は萩尾九段だ」

「いやいや…」

「む、我が信用できないというのか?」

「信用できないというわけでは……だって七年ってかなりの年月ですよ?」


同じやりとりを、先程から何回も繰り返している。
目覚めてからどこか頭がぼんやりとしていた私だったが、青年の告げたまさかの状況に眠気など瞬時に吹き飛んだ。
青年――じゃなくて、九段くん。彼は、目を白黒させる私に丁寧に教えてくれた。今は、大正12年なのだと。私が駒野家で奉公していたのは七年も前の事で、私はある日突然姿を消したのだと。それから今日まですっかり行方知れずだったのだと。


「椿、何も覚えておらぬのか。最後の記憶は、どんなものかわかるか?」

「え、えーと……いや、よく思い出せない、です」

「そうか…」


しょんぼりと肩を落とす青年に、なんだか申し訳ない気持ちになりつつも掛ける言葉はみつからない。第一、私はまだ信じきれていない。目の前のこの青年が、あの隣家の可愛い九段くんだなんて。だから、接し方がいまいちわからないのだ。

(七年――それが本当なら私は、いったいその間にどこに居たというのだろう)

九段くんは、こんなにも成長している。ちまちま私の後ろを歩いていた彼は、今や立派な青年だ。元々整っているとは思ったが、こんなにも美人に成長するなんて。年月による子供成長は本当に怖い。

(で、でかいし…)

私は目覚めたそのままベッドの上で、彼はその脇に据えてあった椅子に座っている。並んで立っていないのではっきりはわからないが、この九段青年、なんだかとても背が高いような気がする。

(というか、七年…九段くんって何歳…?)


「混乱しているのかもしれぬ。ともかく、今はゆっくり休んでくれたらそれでいい。我は、椿が無事に我のもとに帰ってきてくれた、それだけでうれしくてたまらないのだ」


黙り込んでしまった私に、九段青年は淡く微笑む。急がなくて良い、と繰り返す彼はとても大人である。他意の感じない優しさに、ついどきっとしてしまいそうだ。


「幸い、我はある程度の時間の都合はつけられるし、この屋敷も自由にして良いと言われている。上にも確認は取るが、椿は我の身内同然だからきっと大丈夫だろうと思う。だから安心してくれ」

「う、うーん」

「我は、信用できないか?」


と、顔をのぞき込まれてびくりとしてしまった。青年は、私の生返事が引っかかったらしい。でもそこは仕方ないと思って欲しい。


「い、いや、あの…疑うつもりはないんですけど、ここが七年後で君が九段くんだっていう、なんか証拠みたいなのないかなー…っと思いまして」

「証拠か……我が椿と共に食べた菓子の一覧ならすぐに想い出して書き出すことはできるのだが…」

「いや、それ私が覚えてないので」


でも、このふわふわした回答は間違いなく九段くんのものなのだが。
二人して、どうしよう…と頭を抱える。その時。


「九段様、椿さんが目覚めたらすぐ知らせるようにと言った筈ですが?」


開かれた扉から現れた姿に、私はようやくこの九段青年の言い分が正しかったことを理解する。


「――ハルさん!?」

「ふふ、椿さん。お元気そうで、なによりです」


それは、幾分か年を取ったものの、変わらずに美しく微笑むハルさんの姿だった。






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