2 目が覚めたのはそれから、数時間後のことだったと後に聞く。 ――重たい、瞼を上げる。 泥の中から這い上がるような、そんな感覚。とにかく全身がだるく、私はやっとのことで目を開く。眠い。まるで何年もずっと、身体を動かしていなかったかのようだと思った。 何度か瞬く。飛び込んできたのは白い天井。そして――。 「椿?!椿、目を覚ましたのか…?!!」 状況を確認するよりも先に、淡い色の何かが私の視界を占領した。突然、いきなりの接近。こんなに間近に他人を見ることはあまりない、それくらいの距離で声の主が私と顔をつき合わせる。そしてこちらの焦点があうよりも先に、その人は私が目を瞬かせるのを確認して、これまた急に腕の中に引きずり込んだ。いわゆる、ハグというやつだった。 「椿!良かった!このまま目覚めなかったらと、我は心配しておったのだぞ!」 ぎゅうう、と効果音が付きそうな程に抱きしめられる。 依然として状況のつかめない私は、声もなくされるがままである。すると彼(どうやら男性らしい)は反応のない私を心配に思ったのか、腕を緩めて私の顔をのぞき込む。 このとき、初めてまともにその人物の顔を認識した。とても整った顔をした青年だった。淡い色の髪の毛は柔らかそうで、そして左右だけ長く伸ばされているようだった。彼の眉は、困ったように中央へ寄せられている。 「椿…もしや、どこか痛むか?熱でもあるのか?」 上質な生地をたっぷり使った着物の袖から、これまた綺麗な手が伸びて私の額に触れる。思ったよりもひやりとして首をすくめる。その動作はなかなか品があり、身分の高い人なのかなと思った。 が、このような素敵な男性が知り合いにいただろうか。何度も名を呼ばれているので知り合いのようだが、さっぱり覚えがない。しかもこんなにも、親しげで。身分が高いのなら、駒野のお客だろうか。 「椿?どうした、医者を呼ぶか?」 声もなく考え込む私に、目の前の青年は慌て出した。私は仕方なく、単刀直入に尋ねる。 「えー…と、……どちら様?」 「えっ」 言葉を失ったのは、青年の方である。彼は目を丸く見開いて、それから口元に手を当てて、愕然として呟いた。 「わ、我がわからないか…?!」 ショックを受けたようにして動きを止めた彼。一方私は、ようやく落ち着いてきた。もう一度、じっと青年を見つめる。確かに、こんな青年は知らない…だが何だろう…何かが引っかかる。 青年は恐る恐る、問いかけてきた。 「ぬしは、宮本椿で間違えはなかろう?」 「はい、私は宮本椿ですけれど…って…我…?」 その時、ようやくその引っかかりに気づいた。 確かに、こんな青年に覚えはない。だが、変わった髪型に言葉遣い――、一人だけ、よく似た人を知っている。 もしやと思って、私は恐る恐るその名を口にした。 「もしかして…九段、くん…?」 青年はその言葉に、満面の笑みで頷いたのだった。 160330 |