目が覚めたのはそれから、数時間後のことだったと後に聞く。



――重たい、瞼を上げる。
泥の中から這い上がるような、そんな感覚。とにかく全身がだるく、私はやっとのことで目を開く。眠い。まるで何年もずっと、身体を動かしていなかったかのようだと思った。

何度か瞬く。飛び込んできたのは白い天井。そして――。


「椿?!椿、目を覚ましたのか…?!!」


状況を確認するよりも先に、淡い色の何かが私の視界を占領した。突然、いきなりの接近。こんなに間近に他人を見ることはあまりない、それくらいの距離で声の主が私と顔をつき合わせる。そしてこちらの焦点があうよりも先に、その人は私が目を瞬かせるのを確認して、これまた急に腕の中に引きずり込んだ。いわゆる、ハグというやつだった。


「椿!良かった!このまま目覚めなかったらと、我は心配しておったのだぞ!」


ぎゅうう、と効果音が付きそうな程に抱きしめられる。
依然として状況のつかめない私は、声もなくされるがままである。すると彼(どうやら男性らしい)は反応のない私を心配に思ったのか、腕を緩めて私の顔をのぞき込む。
このとき、初めてまともにその人物の顔を認識した。とても整った顔をした青年だった。淡い色の髪の毛は柔らかそうで、そして左右だけ長く伸ばされているようだった。彼の眉は、困ったように中央へ寄せられている。


「椿…もしや、どこか痛むか?熱でもあるのか?」


上質な生地をたっぷり使った着物の袖から、これまた綺麗な手が伸びて私の額に触れる。思ったよりもひやりとして首をすくめる。その動作はなかなか品があり、身分の高い人なのかなと思った。
が、このような素敵な男性が知り合いにいただろうか。何度も名を呼ばれているので知り合いのようだが、さっぱり覚えがない。しかもこんなにも、親しげで。身分が高いのなら、駒野のお客だろうか。


「椿?どうした、医者を呼ぶか?」


声もなく考え込む私に、目の前の青年は慌て出した。私は仕方なく、単刀直入に尋ねる。


「えー…と、……どちら様?」

「えっ」


言葉を失ったのは、青年の方である。彼は目を丸く見開いて、それから口元に手を当てて、愕然として呟いた。


「わ、我がわからないか…?!」


ショックを受けたようにして動きを止めた彼。一方私は、ようやく落ち着いてきた。もう一度、じっと青年を見つめる。確かに、こんな青年は知らない…だが何だろう…何かが引っかかる。
青年は恐る恐る、問いかけてきた。


「ぬしは、宮本椿で間違えはなかろう?」

「はい、私は宮本椿ですけれど…って…我…?」


その時、ようやくその引っかかりに気づいた。
確かに、こんな青年に覚えはない。だが、変わった髪型に言葉遣い――、一人だけ、よく似た人を知っている。
もしやと思って、私は恐る恐るその名を口にした。


「もしかして…九段、くん…?」


青年はその言葉に、満面の笑みで頷いたのだった。


160330



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