長い長い、夢を見ていた。


そこはあの赤く暗い場所に立ち尽くす夢と、良く似ていた。
どちらも同じ夢なのだから、あるいはあの夢と同じ世界観なのかもしれない。それでもあの夢と決定的に違うのは、私が駒野家で働いているその姿のまま、夢の中に居るということだった。

よく見る赤い夢は、恐らく私の亡くした記憶に関するものなのだろう。あの夢の中で私は、自分の姿をはっきりと見ることはできなかったが、裸足で、煤けた服を纏い、そして今よりも幼い身体付きだということはぼんやりと認識していた。だから今の自分の姿を確認して、侍女服のままであることが、不思議に思えた。
それに、意識がはっきりしている。
夢の中だというのに、私ははっきりと此処が夢であると認識している。明晰夢というものだろうか。

(でもこんな夢、早く目覚めたい…)

いずれは目覚めるとわかっていても、気持ちのいい場所ではなかった。早く目を覚まさないと。やることも、やりたいこともたくさんある。千代お嬢様の今朝の具合はどうだろうか。もし体調が良ければ外に遊びに行きたいというのではないか。そうしたらきっと九段くんが――…

(九段、くん)

ふと心に、隣家の少年の事が思い出される。ちょっと変わり者の男の子。けれども誰より優しくて賢い、私の恩人。九段くんは私の中で少し不思議な立ち位置にいる。他人ではないが、知人というには物足りない。友達というのも違う気がする。いろいろな意味で、ちょっと特別に思えた。

(九段くんは、私のことをどう思っているのかな)



――突然、ひやりと背筋に悪寒が走る。

物思いに耽っていた私は、さっと振り返り背後を見やった。何かの、気配を感じたような気がしたのだ。けれども前はおろか、此処は前後左右どこを見渡しても深い闇が広がっている。それこそ、一寸先にも闇しかない。
もしかしてこれは所謂怖い夢なのだろうかと、今更になって思った。

(怖いのは、ちょっと嫌だなあ)

いつもの赤い夢は、どこか哀しい気持ちになりながらも悪夢というような類ではないので油断していた。
ぐるぐると辺りを見回す。相変わらず闇しか見えないが、何かが近くにいるような感覚はつきまとう。それは、ずるずると…引きずるような音を時折闇の中から響かせる。そしてだんだんと、その音は近づいている気がした。

どうにかして逃れなければと思う。けれども方法がわからない。何も見えないし、移動もままならない。このまま、”何か”に喰われるのを待つしかないだろうか。

諦めかけたそのとき。
突然、遙か彼方から一筋の光が差した。その光は暖かく、そして眩しかった。眩しすぎて、照らされたら溶けてしまうのではないかと思った。しかし溶けてしまう不安よりも、その暖かさに触れたくて、たまらなくなる。たまらなくて、焦がれて、どうしようもなくて。伸ばした手は――光に触れて。

伸ばした腕の先、手首に巻き付くブレスレッドの石が、光に当たって煌めく。私は指先から徐々に、光の中へと引き込まれていく。

(そういえばこのブレスレッドは、私を守る術がかけてあるんだっけ)

そう思ったからか、手の先に九段くんの姿が現れる。夢の中だとわかっていても、私は彼の姿に酷くほっとする。でも九段くんは私を見て心配そうに眉尻を下げて、そして私の腕を掴んだ。

途端、触れた熱を感じる間もなく私の腕は勢いよく引かれて、光の向こう側へ、引きずり出された。


「椿!」


ただ――引かれた腕の先、私の名を呼び抱き留めたのは私の思い描いた少年ではなく、見知らぬ青年。

そしてそのまま、私の意識は再び深い眠りの中へと沈んでいったのだった。





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