「いや、いや、止めないで…!あの中に、あの中に彼がいるの…!」

「今消火活動と、人命救助も行っていますので下がりなさい」

「で、でも、今人影が…きっと彼に違いないわ!先ほどから姿が見えないの、きっとあの、炎の中にまだいる…!」


どうやら彼女の連れが、建物の中に取り残されてしまっているらしい。女性を引き留める軍人は、「危険だ、我々に任せろ」と繰り返すが彼女は聞く耳を持たない。
女性の視線の先には、既に全体が炎に包まれた建物がある。あの中に入っていったら、もし本当に女性の連れがあの中にいるのだとしても救出は絶望的だ。それに、飛び込んでいったところできっと彼女も命を落とすだろうと思う。


「混乱ではぐれただけかもしれない、建物の中は火が消えたら捜索いたしますので」

「で、でも、彼は…うう…」


軍人の説得に、女性は泣き崩れた。その哀れな姿に軍人の手がゆるむ。
その一瞬の不意を付き、するりと、女は彼の腕をすり抜けた。そして炎の中に飛び込もうと駆け出す。


「おい!やめろ!!!」


一部始終を見ていた有馬が叫んですぐさま彼女を追う。九段もはっとなって二人へと手を伸ばす。危険だと、これ以上犠牲を出してはならないと。

しかし開き掛けた唇はその光景に、一瞬、動きを止めた。炎を前に進む女――その姿に、かつての女性の姿が重なる。
思わず、九段は声を上げていた。


「――椿!戻れ!」


女はその大きな九段の声に驚いて足をもつれさせ、そしてその隙をつき有馬が彼女の腕を掴んだ。建物の手前、彼女が飛び込む直前に引き留めることに成功したのだ。
ただ九段は自分の声にはっと、口元に手を当てる。
炎に飛び込もうとした女と、椿とは姿も顔も似ても似付かない。だというのに、どうして重なったのだろう。


「九段殿?」


女を連れて戻ってきた有馬は、様子のおかしい九段を心配するように、眉を寄せる。


「先ほど、誰かのお名前を呼んでいたようですが…」

「いや…なんでもない」

「ですが、顔色が――」

「我は大丈夫だ。それよりも早く炎を消火しなければ」


完全に失言である。椿のことは胸の奥底に大切にしまっていたのに、どうしてこのタイミングで出てきてしまったのだろう。眼前の炎に、惑わされてしまったのだろうか。

有馬の追求を、九段は誤魔化すようにもう一度炎を見やる。何気ない視線の移動だった。しかし――九段はすぐに、はっと目を見張った。

炎の手前の空間が、揺れる。蜃気楼のように、空間にゆがみが発生する。
有馬もそれに気づいたのか、さっと日本刀へ手を走らせた。

歪みの向こうに、何かの影が映る――人影のように見えた。それは小柄の女性のような、そして見覚えのある着物にエプロン姿の――。
考えるよりも先に、九段は答えを紡いでいた。先程と同じ名前を。しかし、今度のは失言ではない。確認するように、恐る恐ると問いかける。


「椿――?」


その声に、呼応するように。
ぱくりと、時空に裂け目が開く。
白い腕が伸びる。きらりと、腕に着けられた腕輪の石が光る。


「九段くん…!」


響く、小さな悲鳴。
それを耳にとらえた九段は、伸ばされた腕を、迷わず掴んだ。


「一体これは…」


有馬は呆然とその光景を見ていた。
しかし九段は迷いなく腕を引く。ずるり、と暗い裂け目から引き出されたのは、若い女。その人はまるで炎の中からやってきたような、煤けた匂いを纏っている。


彼女の瞳が、瞬く。九段の視線と混じり合う。
――それは九段からすれば七年ぶりの、椿だった。


160320



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -