悠々と道を進む九段の後を、背筋の伸びた男が続く。日比谷公園を抜けて、愛宕山方面へと歩き出したところだった。


「すまぬな有馬、休日だというのに我につきあってもらって」

「いえ。俺は構いません。特にすることもないので」


九段に続く有馬は、私服だというのにその堅苦しさは制服の時と変わらない。もう少し気を抜いても良いのだが…と思うものの、休日に自分の用事につき合わせているのは九段自身なので何も言わずに「この埋め合わせはいずれな」とだけ返す。


「次に向かうのは愛宕山ですか」

「うむ。あの場所はどうしても外せぬ」

「神子召還の儀――ですか」

「ああ。いろいろ準備があってな。日取りはもう少し先にする予定だが、いくつか召還場所の候補を用意しておきたいのだ」

「恐れながら…九段殿は、神子とやらが現れればこの帝都を救えると、本気でお思いで?」


有馬のこの言葉に、九段は足を止めて振り返る。黙々と指示に従うこの男は、しかしただのボンクラではない。伊達に精鋭分隊隊長を務めているわけではないのである。この度の軍の執拗な「龍神の神子召還の儀」への取り組みに、有馬は納得していないようだった。
確かに、”伝承の龍神の神子”という曖昧なものに帝都の命運を託すなど、真面目な有馬は理由なく賛同しないだろうと思う。彼自身に怨霊を退ける力があるのだから、尚更のことだ。九段もそれを承知で、しかし自分の立場として神子召還は外せないものだ。


「もちろん、ただ召還すれば良いというものでもない。だが神子召還は、この帝都には欠かせないものだ。ただ信じろとはいわぬが、きっと彼女がやってくれば、有馬にも分かるだろう」

「はあ…」


星の一族の当主たる九段とて、この度の召還の儀で現れた神子が一体どんな働きしてくれるのかは予想が付かない。ただ周囲には伏せているものの九段には先読みの力があり、この召還に関してはうまくいくだろうという確信はある。必ず、神子は召還に応じる。そしてそれ相応の力を持つはずだ。
だけれども、この九段の確信をこの時点で有馬に説いて聞かせるのは難しい。とりあえず、従ってもらうしかあるまい。それに今日の視察は一応の保険で、そんなに堅苦しく考える必要のないものだ。有馬も、神子の件に不満げな彼の心を解したくてわざわざ休日に呼び立てたのだ。
そして、九段としては気持ちを和らげるのには甘いものが一番だという信条があった。


「して、有馬。この近くに良い甘味屋があると聞いたのだが、もしよかったら休憩がてら――」

「怨霊だぞ!」


わくわくと切り出した誘いは、無粋な叫び声に遮られた。声は、この先の通りからした。有馬はすぐさま反応する。


「九段殿、失礼します」

「わ、我も行く!!」


挨拶もそこそこに走り出した有馬の後を、九段も一拍遅れて走り出した。





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