3 九段が生まれ育った京の屋敷を出て帝都にきたのは、二年前のことである。帝都で発生した怨霊、そして謎の病の噂を聞きつけ、星の一族は予言の予兆であると断定した。そして九段自ら帝都に趣き、この事態の改善に乗り出したのだ。 それは、まだ少年といっても差し支えなかった頃だが、九段は根気よく政府に対して訴え続けた。その甲斐あって今は、帝国軍の相談役という地位を与えられるようにもなった。 九段が帝都に来てから行った仕事はいくつもあるけれども、今取り組んでいるものは、一番の大仕事である。 すなわち、龍神の神子の召還だ。 星の一族の悲願でもある。 (だというのに、我はまだ未熟だな) はあ、とため息をひとつ吐いて、両手で顔を覆った。 今は神子召還に全力を尽くさなければならない。けれども、九段の胸は別のことでかき乱されている。 久々に――夢を見たのだ。懐かしい姿を、見た。 もしかしたら、村雨とそのような話をしたからかもしれない。だけれども自身の見る夢を、ただの夢と判断して良いものか、九段は迷っている。 椿の夢だった。彼女が昔のままの姿で、隣に立っている夢だった。なにも九段は、予知夢ばかりを見るわけではない。普通に考えて、今回の夢は自身の願望が呼び起こしたものだろうと判断すべきだ。 もし予知夢だとしても、矛盾点がありすぎだ。あれから七年。椿の姿も七年分、年を経ているだろう。 ――そう考えつつも疑いが晴れないのは、その限りではない可能性を知っているからだ。だが、それにしても。都合が付かない。限りなく少ない可能性である。とてもあり得ることだとは言い切れるものではなかった。 (でも、椿は決して死んではいない) ひとつ、確信があるとすればそれだけである。 村雨や、萩尾の家の者、そして千代も…誰もが椿は亡くなったのだと思った。けれども九段だけは、それはないと言い切った。 そんな訳がない。九段はあの時確かに感じたのだ。自分が掛けた、術が発動したことを。 術とは、あの腕輪にかけたものである。本来ならば、椿は九段のもとへとやってくる筈の転移の術だった。 それをかけた術者である九段には、発生した際はそれを感じることができる。そしてあの時――椿が姿を消したときに確かに感じたのだ。当時はあまり自信はなかったけれども、ちゃんと、それは発動している筈だ。 だが、やはり不完全だったというべきだろう。転移してくる筈の椿はどこかへそのまま消えてしまったのである。九段はあらゆる可能性から、いろいろな場所へ捜索を出した。けれどもそれでも椿は見つからなかった。 (我の不完全な術が椿をどこかに送ってしまったのかもしれない) その負い目も少なからずあった。だから九段は未だに椿を忘れられないのかもしれなかった。 160319 |