――大正十二年、帝都・東京。
いよいよ訪れた”終末”の予兆に、この頃この都市は何かと騒がしい。新種の病魔の流行やら、怨霊と呼ばれる異物の出現、まさに世の終末に相応しいであろうその数々の危機にさらされてどこか空気も淀んで感じる。
とはいえ、東京に生きる者たちはそれまでと変わらず、活気よく生活しているのもまた現実だった。

そしてここは、東京は銀座の一角、一見様お断りの喫茶ハイカラヤである。

馴染み客ばかりの店内、カウンターには長身の青年の姿があった。向かいのカウンターに立つ男は新聞を広げ、その端の記事に目を止めて呟いた。


「小火騒ぎがあったらしい。怨霊の仕業と見られている、と」


その言葉に、黙々とカウンターの上の皿に向かっていた青年はぱっと顔を上げた。それから、眉をしかめた。


「ああ――詳細は定かではないが。なんとか鎮火が間に合って、大事には至らなくて良かった」


そして再び皿へと視線を落とす。上品に盛られたアイスクリンは、既に半分に減っている。それをスプーンでつつきながら、青年、萩尾九段は付け足した。


「火事は、嫌いだ」


火事が好きな者などそうそういないだろう。けれども向かいに立つ里谷村雨には、九段の言わんとしていることが良く分かった。九段と村雨は、旧知の仲だ。出会ってもう五年程になるが、この若い男が火事だとか火に纏わる事件に因縁があることは幾度となく聞かされている。


「例の”おねえちゃん”とやらのこと、まだ忘れられないのか」

「む、なんだ、その忘れろと言わんばかりの言葉は。我にとっては大切な思い出だぞ、忘れられる訳が、」

「だが、思い出、だろう。辛い思い出が忘れられない気持ちは分かるが、それに引きずられるのはよくないって言っている」


呆れたような、それでいて諭すような物言いに、九段はぐっと口を閉じる。しかしその視線は真っ直ぐ村雨に向けられたままで、明らかな不満を隠しきれてはいない。


「もう、随分経つんだろう?その、お姉ちゃんとやらが姿を消してから」

「…七年経った」


九段は、言葉を返してため息を吐いた。村雨のいうお姉ちゃん――宮本椿が九段の前から姿を消して、もう七年経ってしまった。その事実に、九段は胸が締め付けられるような気持ちになる。




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