長屋の中は、まだ火は回りきっていなかった。それでも煙は充満していて、かなり危険である。
私は動く影を見た辺りを目指し、口を袖で覆い、姿勢を低くしながら進む。幸いにも、目当ての子供はすぐに見つかった。
煙におびえ、足が竦んでしまったらしい。部屋の隅で震えるその子は、私を見るとこらえきれなくなったのか泣き出した。怪我は、まだなさそうだった。


「もう大丈夫だよ、ほら、おいで」


震えるその手を握ると、その子を促して歩かせる。出口までそう遠くない。まだ火は回ってない。
それでも慎重に、そして駆け気味に私とその子は出口を目指した。外が見える場所までたどり着くと、子供の母親があっと声を上げる。その子も、母の姿に、私の手を離して外へと走りだした。
周囲から歓声があがる。
ほっと安堵し息を吐きかけ――私も外へと急ぎ――、その時。


「おい、上!!!!」


警告の声が上がる。
はっとした時、天井がぐらりと傾くのが見えた。まずい。炎は見えないけれども、既に天井には回っていたようで。

崩れる。
しかしまだ外への道は遠く。


(嗚呼…だめ、かもしれない)


思った刹那。
伸ばした左腕に、あの、ブレスレッドが目に入った。



――もしとても困った事態に遭遇したとき、我が力になれたら、と思って。



「九段くん…!」



咄嗟に、思い浮かべたのは小さな彼の姿。

この窮地に、あんなに小さな子を頼るなんて、可笑しいかもしれない。でもそのとき、私が思い浮かべたのは間違いなくその小さな姿で。
けれども――小さく響いた声は、頭に浮かんだ彼に届くことは、なく。



赤い、赤い、炎に巻かれて。



私は、この世界から姿を消した。




160318
そして月日は、巡る



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