人波に逆らって、炎のあがる方へと進む。
危ないから逃げるように、と呼びかける声を無視して、私は燃え上がる建物のすぐ側までたどり着いた。

消火活動は既に始まっていたが、現代のように消防車が普及しているわけではない。

私はただ、炎を見つめていた。噎せるような煙の臭い、そして熱気。ざわめく周囲の声。全てを前に”懐かしい”という気持ちが心を占める。
あの夢の中の「赤」が、燃え上がる眼前の炎と重なる。あと少しで、後少しで何か思い出せそうだと思った。失った記憶に、今一番近づいている、そんな気がした。

が、思考は背後の悲鳴に遮られる。


「あの中に、あの中にうちの子が…!」

「だめだ、今入ったら危険だ!」

「で、でも…!あの子が…!」


炎の中へ駆け寄ろうとする若い女性を、周囲の男たちが押し止めている。女性は泣き崩れ、誰か助けて、と繰り返しすすり泣く。
彼女の子供が取り残されているのは火の元になった建物の、その隣の長屋らしい。まだそちらは全ては火が回っているわけではない。だが時間の問題に思えたし、今にも崩れそうだった。
――と、建物の中に動く姿が見えた。


「だ、誰か!誰かあの子を…!」

――誰か、誰か助けて…!


女性の悲鳴に、脳裏で別の声が重なる。その声に、私の身体は無意識に動いていた。急き立てられるように、影の動いた方へと。


「お、おい君…!戻りなさい!」


止めようとする男の手をすり抜けて走り出す。
水を被って、気づいたら建物へと入っていた。




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