6 ハルさんは仕事が残っていたらしい。少しの間なら私が九段くんを見ているからというと、彼女はお願いしますね、と席を立った。 ハルさんが姿を消すと、すかさず九段くんは私の顔をのぞき込んで眉尻を下げる。 「なんだか難しい話をしていたようだが、椿、大丈夫か?」 「はい、大丈夫ですよ。心配かけちゃいましたか?」 九段くんは、たまに感情の変化に敏感である。だから、なかなか隠し事をするには難しい相手だった。 大丈夫、と言う私に納得する様子のない彼に、私はつい言葉をこぼした。 「九段くんは――私が、駒野のお家から出て行ったらさみしがってくれます?」 「遠くにいくのか?!それはだめだ!」 びっくりしたように声を上げて、ひしっと手を握る九段くん。こんなに慕われているなんて、嬉しいなあなんて思いながらも、私は首を横に振った。 「もしも、のことだけれども。どうなのかなって」 「――もしや、故郷を思い出したとかか?帰りたくなったか?」 「そうでも、ないんですけれどね」 急に、不安そうにおろおろする九段くんに、なんだか申し訳なくなってきた。これでは、なんでもないと言っても信じてくれそうにない。 ちゃんと説明するしかない、と九段くんに視線を合わせる。 「遠くにはいかないんですけれど。実は、」 言い掛けたかけた時、屋敷の外のざわめきに気づく。 なんだか切羽詰まったその声に、私と九段くんは思わず、門から顔を出した。すると、同じように外をうかがうご近所さんと、通りの向こうから走ってくる人々とで通りはごった返していた。 「火事だ!向こうで火の手が上がってるぞ!!」 上がったその声に、どよめきは増す。 あちら、と指された方に遠目に、煙が上がり始めていた。あちらは確か、九段くんの大好きな和菓子屋がある方だった。 「大丈夫かしら…」 「これほど離れていればここまでは火はこないだろう」 「既に避難も済んでいるというし、あとは火消しに任せるしか」 そんな言葉が周囲で囁かれている。けれども私は――その空気に、身体を強張らせていた。風邪に乗って流れてくる何かが燃えた匂い。それから、赤い、赤い、炎。 頭の奥で、けたたましい警鐘がなっている気がした。 「私、行かなきゃ」 「椿?!!」 慌てて引き留めようとする九段くんの声を背に、気づいたら走り出していた。 |