確かにこの世界のこの時代で、私は結婚してもおかしくない年齢なのだろう。それどころか、少々遅いくらいだという。
でもまさか、異世界で結婚やら縁談やら、そういう事態に陥るなんて誰が想像できただろうか。いつか帰るかもしれない、というのに。
そこまで考えて、その考えに苦笑が漏れた。

(私、思ったよりもまだこちらの人間になりきってないんだなあ)

すっかり今の生活には慣れた気でいた。これからも駒野家で千代ちゃんの成長を見守る気でいた。だというのに、縁談と聞いた時に後込みして、その場で答えることができなかった。

確かに、このままこの世界で生きていくならばいずれそういうことも考えなければならないだろう。千代ちゃんの成長を見守るにしても、このままずるずる働くよりも、身を固めてその上で駒野家で世話になる方が現実的だ。だというのに、いざその機会が舞い込んできて「帰るかも」だなんて。全く、ここで生きる覚悟ができていないのが明らかになってしまったような気がする。

(帰るべきその世界のことを何にも覚えてないのに…)

帰らなきゃ、と強く思っているわけではない。だけれども、結婚したら帰れなくなるだろうとは思う。それは、この地で家族をつくり、ちゃんとこの世界の人間になるということだから。
奥様は、記憶喪失で身寄りがないのなら尚更そうするべきだという。その理屈はわかる。でも、記憶がないからこそ、判断がつかない。
本当に私は、元の世界をこのまま忘れてしまってもいいのだろうか…。


「ねえ、千代ちゃんは好きな人とか、いる?」


いつものように髪を梳きながら、なんとなく問いかける。幼い彼女は、うーん、と首を傾げた。


「好きな人とか、千代はあんまりわからない…でもいつか、すてきな人にお嫁にいきたいなあ」

「素敵な人、かあ」


リボンを結びながら、つい考え込んでしまう。素敵な人、好きな人。特に決まった相手もいないのだ。もしかしたら、紹介されたひとが運命だということも、あるかもしれない。
上の空になっていた私は、千代ちゃんの声にはっとする。


「椿おねえちゃん?」

「――あ、ごめんね。今結ぶね」


鏡越しに千代ちゃんに笑いかけるが、千代ちゃんはちょっと心配そうに私を見つめた。
私よりもきっと千代ちゃんの方が大変だと思う。縁談話は、きっと彼女があと数年もしたらやってくるだろう。


「千代ちゃん、私は千代ちゃんが一番好きだって思える人と一緒になってほしいな。その頃の私に、千代ちゃんの味方ができるといいなあ」


そうする為には、私の答えはひとつしかない。


160317



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