重い瞼を持ち上げる。視界に飛び込んできたのは二対の瞳。薄い茶と、綺麗な緑色の瞳。まんまるに見開かれた硝子玉のようなそれは、まっすぐと私に向けられていた。
視線が交差する。瞬きをひとつ。
一拍の間を置いて、わあっと、歓声がふたつあがった。


「目がさめたわ!どうしましょう!」

「う、うむ!そうだな、誰かおとなを呼んできてくれぬか」

「わかったわ!」


私がきょとんとする前で、興奮した様子で跳ね回るのは、ちいさな二つの姿だった。年の頃は、まだ十にもなっていないのではないだろかという程度だ。どちらも、小さいながら着物を身に纏っていた。二人は顔を見合わせると、片方が部屋を出ていった。


「ぬし、具合はどうだ?」


残った方が、そろりと私に近づいてきた。下から見上げるように顔をのぞき込み、ぺたぺたと小さな手が私の調子を確かめるように額に触れた。子供ながらの高めの体温が、かわいらしい。


「どうした、しゃべれぬか?どこか痛いのか?」


あっけに取られたままの私に、心配そうに首を傾げた。可愛いらしく、整った顔をしているが、どうやら男の子のようだった。淡い色の髪はさらさらとしている。後ろ髪は短く整えられているが、両耳の横の一房ずつだけ長く伸ばした、不思議な髪型だ。


「え、いや…あの…?」


顔がぐぐっとさらに近づけられたところで我に返り、口から動揺の声が飛び出る。彼はすっと顔を離すと、納得したように頷いた。


「もしかして、おぼえていないか?ぬしは、われの屋敷の前で倒れていたのだ」


言われて初めて、視界の端の橙色に目が止まる。枕元に、備えるようにして盆に乗ったみかんがあった。
――思い出した。そうだ私、神隠しに逢ってそして…。

ぐう、とお腹が鳴った。


「腹が減ったのだな!」


何故か男の子は顔を輝かせた。





それから、最初に部屋を出ていった女の子が戻ってくるまで時間はかからなかった。
男の子は夏蜜柑の実ったお屋敷の子なのだという。倒れた私を発見し、家の人に頼んで部屋に入れてくれたようだった。もう一人の女の子の方はお隣にすむお友達で、ちょうど二人で遊んでいた最中だったという。
大人の人――使用人だという女性がそう説明してくれた。思えば、このお屋敷はかなり長い生け垣が続いていたような気がする。そんな大きなお屋敷の、この子は跡取りなのだろうか。使用人がいる生活なんて、想像つかない。かなりのお坊ちゃまに、助けられてしまったらしい。

動揺に未だ頭がついていかない私をよそに、彼は興味津々なようで、にっこりと笑った。


「我は九段だ、萩尾九段。ぬしは?」

「私は宮本椿と言います。えっと、色々な事情で帰る場所がなくって…」

「何?!そうなのか?!」

「あ、はい。でも――」


でも、決して何もできない子供ではない。まだ学生だけれどもう――。
言い掛けて、口を噤む。その一瞬で私は、何を言おうとしていたか言葉が迷子になる。

まずい。重要なことに気づいてしまった。
私は異世界からきた宮本椿という高校生だ。けれども――それ以外のことが一切、わからなくなってしまっていた。


いわゆる、記憶喪失である。






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