ある昼下がり、少し空気の冷たくなってきた秋空の下で九段は、隣家の敷地内に目当ての姿を発見し、たまらずに声を掛けた。


「椿!」

「あら九段くん、おはよう」


振り向いた椿は、にっこりと笑いながら九段に視線を合わせるように少し屈み込む。つい、その笑顔に誘われるように九段は椿の手をぎゅっと握った。


「今日も修行ですか?」

「うむ!あ、でも実は今は、椿を探していたのだ」

「私を?」


九段の言葉に頷きながら、首を傾げた椿に、一旦握った手を離す。それから、懐に持ってきていたものを、彼女の手首へと巻き付けた。


「これを、渡したくてな」

「可愛い…ブレスレッド?」


左手首に着けられたそれは、紐を編み込んだ腕輪である。途中に何粒か、きらりと光る石が編み込んである。


「こんなもの、私がもらっちゃっていいんですか?どうして?」

「実は、これすごい術が掛けてあるのだ!紐も我が編んだのだぞ!」

「え、これ九段くんが作ったの?!器用だとは思っていたけれどもここまでとは…!九段くん、これとっても素敵!」


吃驚したように目を丸くする椿は、手首のそれと九段を何度も交互に見る。
すごいすごいと繰り返す椿に、九段は照れたように頬を赤くした。


「じ、実はこの前から何度か挑戦していた術が、成功しそうで…試しで悪いのだが、椿にひとつ贈らせてもらいたい」

「術?」

「う、うむ…守りの術なのだ。もしとても困った事態に遭遇したとき、我が力になれたら、と思って。困ったことがあったら、その腕輪に我の姿を念じてほしいのだ」

「まあ、そうしたら九段くんが助けにきてくれるの?」

「実際は、椿が我の方に引き寄せられる感じだな!」


椿は何度か瞬きを繰り返し、それからもう一度、じっと腕輪を見つめる。そして、九段の手を、今度は椿の方からぎゅっと握った。


「素敵な贈り物をありがとう、九段くん。大切にするわね」


その飾り気のない笑顔に、ほっこりと、心があったかくなる。
けれども、ちらりと九段の頭の隅を例の夢が掠めた。

(腕輪の効力は、まだ未完成であるからあまり自信はないが)

それは先日、書物の中に見つけた術だった。
効力は先ほど説明した通りのもの。彼女に五行からの守りの加護を与え、また危機に瀕した時に術者の元へと持ち主を転送させるという高度な技。未だに成功したことがないので、実際ちゃんと発動される見込みは薄い。

それでも、椿に持っていてもらいたいと思った。ただ守りたいと思った。椿をあの暗い闇から。彼女に手を伸ばす、男よりも先に。

九段はこの時、椿に対する気持ちの名前を知らなかったし、知ろうとも思っていなかった。


160316



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