椿は、九段が拾った異世界からの来訪者である。拾ったというには、家の前で倒れたのを保護しただけなので大したことはしていなのだが、それでも九段にはその縁に様々な可能性を感じて仕方がなかった。
だからというわけではないが、椿は、異世界云々を抜いてもとても気になる存在なのだ。

椿そのものは、異世界云々や記憶喪失な事を除けば、一見普通の女性である。特別秀でた技術を持つわけでも、特殊な思考をしているわけでもない。ただ、纏う空気がなんだか不可思議ではあった。

最初は、それは記憶喪失故、異なる世界からきた故だと思った。けれども近くで過ごすうちにその違和は増した。引っかかりを感じる彼女に、このまま一人で放り出してはならないと、そう思ったことも椿を萩尾家にしばらく留めおいた理由だったりする。

(なんなのだろうな…もう少しで、わかりそうなのに)

違和の正体には気づきそうで――それでも、まだはっきりと判別はつかない。近づいたと思ったら遠ざかる、その繰り返しだった。九段はこの頃、こっそりと自分の修行の間に椿の違和を探ろうとしていた。けれども、実際はあまり上手くいっていない。いくら力があるとはいえ、九段はまだ子供であり、そして椿の記憶が定かではないのも原因だろう。

(気長に、調べるしかないかもしれない)

幸いにも椿は、駒野家で働くことで近くに止まるようになったのだ。急にどこか遠くに行ってしまうということはないだろう。

それにしても、千代に九段が椿を気にしていることを、気づかれているとは誤算だった。千代は九段よりもまだ幼いし、九段としても椿のことはこっそり、付き人のハルにさえ内緒で、調べていたのだから。

(まだ、我の修行が足りぬということかもしれぬ)

薄々思い当たる節はある。九段はこの頃、つい椿の姿を目で追ってしまう自身を自覚しつつある。

――椿が気になるのは、正体云々とは別な意味でも、彼女がそれまで九段の周りに居たどの大人たちとも違っていたからだ。
多くを萩尾の屋敷で過ごす九段にとって、彼の世界を構成する大人は皆、自分の親と同じ位の年齢の者ばかりだった。椿は九段にとっては大人ではあるが、まだ十代の女性。それに、萩尾家の古いしきたりやら、この世界の身分制度など何一つ知らない者。

屋敷の規模やら家の格やらは、駒野家と同等ではあるけれども、萩尾家は元々公家、駒野家は商人の家。公家といえば聞こえはいいが、江戸まで続いた身分制度が改められた今、家柄だけでなんとか持っている古い一族に過ぎない。しかも、数年前から騒ぎになっている「予言」の影響で萩尾の家は厳しい状況にある。

そんな中、幼いながら星の一族の現当主たる九段に集まるのは期待ばかりだった。終末を予言されたこの世界を――救いの神子を呼ぶのは九段かもしれない。だからこそ、九段は他の子供のような人生は捨てて修行に明け暮れるしかないのだから。
九段はそれを自分の使命と自覚していたし、誇りにも思っている。不満はない。だけれども。

椿だけは、違った。九段を普通の子供のように接した。
同年代の子供たちでさえ、九段の異質さを感じ取り、深くまで近づこうとしない。でも、椿は。

何にも囚われない故に、そのままの子供である”九段”を受け入れて、温かく手を握ってくれるような気持ちになるのだ。





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