結局、そのままあれやこれやと九段くん力作の折り紙を持たされて、本来の用事に向かうことができたのは一時間弱経ったあとのことだった。千代ちゃんに、と預かった鶴を始めに、なんだか複雑に折り込んだそれらは、子供の遊技を域を越え、作品と呼びたいものばかりである。
折角の綺麗な作品を崩さないように、そっと持ち上げた時、後ろからすっと小振りな網籠が差し出される。突然の背後からの心遣いに驚き、ぽろりと手からあふれた作品たちは無事、差し出された籠の中に落ちた。


「また、九段様につかまっていたんですね」

「わ、ハルさん!ええっと、これはその…」

「ふふ、いいんですよ。九段様が椿さん贔屓なのは最初からですからね。それにどうせまた、無理を言われたでしょう?」


ハルさんの見透かすような笑みに、私は苦笑いで返す。


「いえそんな、無理、ではないです。ああ、それよりこちらを。駒野の奥様から、萩尾の奥様へです」

「はい、確かに承りました」


ハルさんは、手渡された手紙を懐へそっと入れた。
この世界へ来た頃に私の世話を焼いてくれた彼女は、今でも九段くん付きの侍女として萩尾家にいる。あれから二年になるけれども、ハルさんは全く変わった様子なく、頼もしく九段くんを支えていた。


「椿さんもすっかり駒野家の家人ですね」

「私なんてまだまだですよ。ハルさんみたいには上手くできなくて…。実はハルさんのこと、色々参考にさせてもらってるんです」

「まあ、嬉しいこと」


駒野の侍女として働き始めた私を、一番応援してくれたのは、ハルさんだった。仕える家は違えども、同じ主人家を支える者として、彼女には沢山教わり助けてももらった。同じ立場になり、ハルさんがどんなに優れた侍女であるかも自ずと分かるようになった。今では尊敬する、大先輩である。
とはいえ、職場が違うので、そう頻繁に会うことはかなわない。今回お会いするのは、随分久々である。


「九段く…様、また背が伸びましたね。どんどん大人になってしまいそうで、びっくりです」

「ええ、このところは日に日に伸びているようで。あの様子では、私も追い越されてしまうのも時間の問題かもしれないですね。九段様、手も足も大きいので、きっとまだまだ延びるでしょう」

「ハルさんより高いとなると、群衆でも頭一つでちゃいますねえ」


ハルさんは、女性にしては背が高い方だ。ハルさんと同じくらいでも十分、男性としての見栄えの良い背の高さなのだから、それ以上となると平均を超える高さである。
西洋からのお客様は別として、それほど背の高い男性はあまり身近にはいない。それほど大きくなった九段くんを想像して、思わず首をひねってしまった。


「今のかわいい九段様がそんなに大きくなられるなんて、想像できないなあ。かわいくなくなってしまいますかねえ」

「そうかしら?立派な青年になられたら、それはそれで、見る目が変わってしまうかもしれないですよ」

「青年…そうなってもまだ私を慕ってくれますかね」


今の、私を見つけて駆け寄ってくる可愛らしい九段くんを思い浮かべる。どこかふわふわした空気を纏う彼が一心に慕ってくれる様子は、とても可愛くきゅんとするものである。
でも大きくなったら、今のようにはいかないだろう。大の大人が、可愛らしいままということはあまり例のないことのように思った。だから、今の九段くんはいなくなっちゃうのかと思うと、少し寂しく思えたのである。

ハルさんは、私の言葉に笑い声をたてる。


「ふふ、九段様も九段様だけれども、椿さんがこれじゃあね。苦労するわね」

「?」

「いいえ。九段様もこのところ、色々悩んでいる様子でしたから。椿さんと会えて、嬉しかったのでしょう」


ハルさんはなにやら意味ありげな顔で微笑むが、その意図を教えてくれる気はないらしい。そんな時の彼女はなにやら妖艶で、これが大人の色気かとなんだかどきどきしてしまう。そんな彼女だから、憧れてしまうのだ。
でも、どうやらハルさんは元気でやっているらしい。それがわかっただけでも、今日会えて良かったと思った。


「――私今日、安心したんです。良かった、九段様はお変わりなくお元気だって」


此処しばらく、駒野家は隣家でありながらも、なかなか萩尾家と交流しにくい空気がながれていた。もちろん、古くから親交のある両家だ。決して萩尾家との関係が悪くなった、というわけではない。ただ、世間がこうも騒がしいと、どうにもならないこともある。
駒野家は、大切なご近所さんの様子を気にしながらも、やきもきしていたのだった。


「ホラ、例の件、また表で大々的に騒がれていたみたいだから。心配していて。うちのお屋敷でも、皆気になってはいたけれど、なかなかどうしたら良いのかわからなくて」

「まあ…そうでしたか。駒野の皆様にはご迷惑をおかけして、近いうちにお詫びに伺わなくてはいけないわね」


ハルさんは、そっと息を吐く。
この二年で、私も多少の事情を把握できるようになった。大正という今の時代のことや、そして萩尾家――星の一族の担う役割について。正直、しばらく九段くんや萩尾家のことは、旧家の名家的存在で、現在は大きな力は持たない一族なのかと思っていた。
実際、世間も同じような見方をしていたのだという。伝承にある神子について、それ自体は信憑性が認められているものの、神子の居ない今の世に世話役たる星の一族は過去の遺産に過ぎないと、そんな風に思われていたらしい。神子あっての星の一族。そこには重大な記録や伝承、陰陽術などが伝えられているものの、それだけに過ぎないのだと。――だが、そんなことはなかったのだ。

具体的に星の一族に、注目が集まる出来事が数年前に起きたのだ。


「滅びの予言、だなんて。なかなか信じ難いことですけれども」

「そうでしょうね。でも、先代は信憑性を高める為に他にも予言を行っていましたから。今更、取り消しもできません。でも、今や星の一族には失われた力ですよ」

「…だったらなおのこと、今回の事、萩尾家にはどうしようもないんじゃ」

「仕方のないことですよ。でもまだ、遠い先の話ですから――そうですね、せめて九段様が大きくなるまでは、その未来がこないことを祈るしかありません」






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