私は前にも一度、神隠しにあったことがあるのだ。だからこの類のことは初めてないし、初めての人に比べたら全然、動揺もしていない方だと思う。
自分でいうのも何だが、私は結構な楽天家なのだ。一度目の時のことはあまりよく覚えていないけれど、そのときもどうにかなった。きっと今度もどうにかなるだろうという、そんな楽観的な考えが思考の片隅にあるのである。

とはいえ。


(流石に神隠し…って、どう対応するのが正解かはわかんないな)


いくら過去に経験しているからといって、その道のプロだなんてことはあるわけがなく。困ったことになったと、私はひとり立ち尽くしている。


「どこだ、ここ」


混乱する脳内を少しでも整理しようと呟いたが、余計にわからなくなった。ただ、ここが”元居た場所”からはかなり異なる場所だということはなんとなく察している。
知らない町に迷い込んだわけではなく、異なる世界に迷い込んだ、きっとそれくらいのことが自分の身に降りかかっているのだと思う。具体的な理由を問われると説明に苦しむけれど、強いていうのなら、なんとなく、だ。なんとなく風が、においが、あらゆるすべてが違うのだと思わせた。それが私が今の状況を迷子ではなく神隠しだと断定した所以でもある。

往来のど真ん中で瞬きを繰り返しながら、息を吐いた。この場所に来るときに、何かわかりやすい切っ掛けがあったわけではなかった。ただ、瞼を開いたら私はここに立っていたのだ。
そうしてそのまま、私はただ突っ立っているのだが、そろそろそうもいかないだろう。往来と表現するだけあって、人通りはなかなかにある。誰もが訝しげに私を見やり、そして避けるようにして歩いていく。

ここは、まるで映画のセットのなかった。しかも時代劇。道行く人は古めかしい格好をしていて、舗装されていない道を馬車が通る。和洋折衷混在する、どこか一昔前の時代を彷彿とさせる異世界。百年くらいは前の日本のように感じる。

ちなみ今の私の服装は至ってふつうの制服姿だ。先ほども言ったように、道行く人々は和装と、古い型の洋服がちらほらと居るくらい。ぼんやりと立ち尽くす姿は、周囲から見たらかなり異質なのだろう。向かい側からやってきた子供が私を見て目を丸くし、指を指す。母親はその子を抱き上げ、私から隠すようにして足早に通り過ぎていく。
――その様子に、ようやく危機を覚えた。

(移動しよう)

目立つのは得策ではないと、気づく。
ここがどこなのか、どうしてここにいるのか、どうすればいいのか。何一つわからない。けれど今、この場において異質なのは私の方。何らかの理由を付けられて、捕らえられる可能性もある。そうなると厄介なのは、明白だ。異世界から来た、状況が分からないだなんて一体誰が信じてくれるというのか。いいところ、病院行きだと思う。

だから見咎められる前にと、私は歩き出した。





どれくらいの時間が経っただろう。

ずいぶん経った気もするし、ほとんど時間経過がないような気もする。けれども、いつの間にか日は傾き、とっぷりとした闇が迫っていた。

大通りを避け、ひっそりとした道を行く。すれ違う人は相変わらず私を怪訝そうな目で見る。それでも幸い、誰に呼び止められることも追われることもなかった。ただ遠巻きに、されている。ここがどこか、今の状況などはさっぱりだった。
ただ、はっきりしたのは。やはりここは私の知らない世界だということ。言葉は通じるし、日本だとは思うのだが、それでも違和しか感じない。

暮れていく太陽に、途方に暮れる。神隠しは、いい。状況はなんとなく察した。でもこれからどうしよう。どうにかして居場所を作らなければならない。”前の時”のように、都合よくはいきそうにない。

(まずは、今夜の居場所を)

流石に野宿は避けたい。最悪、誰にも見咎められない風雨をしのぐ場所を見つけなければ。
――けれどこのとき、私の体力には限界がきていて。


(あ…おいしそうな蜜柑が生ってる…)


通りがかったお屋敷の、生け垣越しにたわわに実る橙色に目を奪われる。蜜柑…夏蜜柑だろうか。丸々と、丁度食べごろまで熟しているように見えた。取ったら怒られるだろうか。ぼんやりと思い、つい手を伸ばす。


ぐらりと、目眩がした。
そして意識は、暗転したのだ。






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