それからは、上へ下への大騒ぎである。駒野家に駆け込んだ私に、彼女の家の使用人たちが慌てて千代ちゃんを部屋に、と私を屋敷内に通す。
ただ――間のの悪いことに、駒野のご両親は家を留守にしていた。


「すぐにお医者様を呼びますので…」


使用人も、ベテランの千代ちゃん付きの人が急な用事で里帰り中らしい。



「千代お嬢様は元々身体が弱くいらして、よく発作を起こされるんです。でも最近は少し落ち着いていたのですが…」


話によると。お医者さんは到着までしばらく時間がかかるらしい。数人の若い侍女さんは、真っ青な顔でおろおろしている。千代ちゃんは依然として苦しそうに咳をしている。
私は、意を決して申し出た。


「――あの、今からいうものを用意してもらえますか」







それから、お医者様が到着したのは、二時間ほど後のことだった。


「症状も安定してますね。発作も収まっています。熱はありますが、あとは様子を見てでしょう。初期対処が良かったお陰でしょう」


お医者さんの言葉に、その場にいた全員がほっと胸をなで下ろした。それはもちろん私も同じ事で、今はやや穏やかな顔で眠り込む千代ちゃんの様子に、ああ良かったと心から思う。
でも、一番安心したのは千代ちゃんのご両親だろう。あの後、お医者様を呼ぶのと同時にご両親にも連絡を取ったのだ。二人は少しして慌てて帰ってきた。取引先との打ち合わせと言っていたが、飛んで帰ってきた二人の様子に、彼女はやはりとても大切にされている娘さんなのだろうと用意に想像がつく。


「椿さんのお陰なんです。私たち慌ててしまって…椿さんがいなかったらどうなっていたことか」


先ほどおろおろしていた侍女さんが、二人に向かって言った。急に名前をあげられた私はどきりとする。それを聞いたご両親は、すぐに私の方に向き直った。


「貴女が、椿さん、なのね。萩尾さんからお話は聞いておりました」


千代ちゃんのお母様は、上品な奥様といった体であった。とても優しそうで、きれいな方である。そんな人に頭を下げられて、慌てたのは私の方だった。


「頭上げてください!私、特に何もしてないですから!」

「いえ、本当にこの度は千代が、お世話になりました。貴女がいなかったらこの子はどうなっていたことか…お医者様も手際の良さに驚いていたわ。ありがとうごさいます。貴女は恩人よ」

「い、いえ!とんでもない、当然のことをしたまでというか!」

「謙遜なんて、いいのよ。千代も遊びたい盛りだから、きっとまた寝込むのがいやで体調不良を言わなかったのでしょう。あの子の気持ちもわかるから、私たちも強くは言えなくてね」


そこで彼女は、隣に経つ夫に目を向ける。それを受けた彼――駒野家のご主人は、顎に手を当てて言葉を引き継いだ。


「あの通りおてんば娘だから、しっかりした大人に付いていてもらわねばという気持ちが強いのだが。――実は今まで着いていた乳母が実家の都合で辞めることになってね。我々は、千代の世話をしてくれる信用のおける侍女を探していたんだ」


なるほど。それで今日、千代ちゃんを屋敷に運び込んだ時、上手く対処ができる人が居なかったのである。千代ちゃんは以前から身体が強くないと聞いていたから、不思議だったのだ。
うんうん、と相槌を打つ私に、ご主人はにっこりと微笑む。それから、とんでもない申し出をしてきたのだった。


「椿さん、駒野家で千代付きの侍女になってはくれないだろうか」





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