「くだんはいつも、ああなのよ」


九段家の敷地内である。人気のない物陰に、私は千代ちゃんと二人座り込む。天気はぽかぽかしているし、座るにちょうど良いちょっとした段差がある場所だ。身の振り方を決められない私には、まだ指で数えられるほどの年齢の千代ちゃんに構ってもらうほど暇なのだった。

千代ちゃんはというと、どこか困ったようなそれでいて不満なような…そんな大人びた表情でつぶやく。


「他の子とも、ほとんど遊ばないの。学校にも通ってないでしょう。だから私もあんまり会えないの」


千代ちゃんは隣接する駒野家の一人娘だ。幼いながらも可愛らしい顔立ちは、将来美少女になる予感をさせる。駒野家は大きな商家なようであるし、まさにお嬢様というイメージが強い。
千代ちゃんは九段くんと違い、他にもたくさん友達がいるようだった。私も何度か、彼女が大勢の子供と遊んでいる姿を見ている。分け隔てなく誰にでも明るく優しい彼女は人気者で、そしてあまり人前には出たがらない九段くんを遊びに誘いにくるのも主に彼女である。

そんな千代ちゃんに、私は何故か気に入られているらしい。最初に行き倒れていた私を九段くんと共に発見してくれたのが彼女だからかもしれない。友達の一人のように、千代ちゃんは私によく声をかけてくれる。
私の方は、こんな可愛らしいお友達は大歓迎だ。


「でも千代ちゃんは、九段くんのお友達、なんですよね」

「うん!くだんは、本当は面白い子だし、とっても優しいのよ。だから本当はもっとたくさん遊びたいけれど…くだんには、もっと大切なことが、あるのよね」


あきらかにがっかりといった様子で眉をしかめた千代ちゃんに、私はあらあら、とほほえましい気持ちになった。でもなかなかどうして、物わかりが言い。


「千代ちゃんは、とってもくだんくんをわかってあげているのね」

「うん!それにね、千代はね、椿お姉ちゃんとも仲良しになりた、……けほっ」


笑顔で私を見上げた彼女は、しかし急に両手を口に当ててせき込み始めた。最初は軽く、しかし全然収まらないそれに、私は不安になって彼女の顔をのぞき込む。


「ち、千代ちゃん、大丈夫?!」

「けほ、けほっ…う…ん、よく、あることなの……」


咳の合間に千代ちゃんは健気にもそう答えたけれど、眉をしかめて身体を折り、せき込む様子はどう見ても大丈夫ではない。急な千代ちゃんの変化に私はおろおろと彼女の背をなでる。
――と、触れた彼女の身体に違和感。もしかして、と慌てて千代ちゃんの額に手を当てて、あっと声を上げた。


「…!大変、すごい、熱!」

「椿お姉ちゃ…」

「千代ちゃん、無理にしゃべらないで。ね、私に掴まれる?」


これは、よくない。千代ちゃんを抱き上げ私は、駒野家へと急いだ。





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