「一時的?」

「はい。記憶障害にも色々種類があるようです。私は専門ではありませんから詳しくは説明できませんが、ある衝撃により一時的に記憶が飛んでしまうことがあるそうです。椿さんも、そうではないのかと」


ひとまず、三人で机を囲んだ状態である。
八つ橋とお茶をいただきながら、私と九段くんはハルさんの言葉に耳を傾けていた。


「一時的ということは、戻る可能性がある…?」

「ええ。可能性は高いと思います」

「ど、どうしたら記憶は戻るのだ?!」


私よりも、九段くんの方が余程真剣だ。そこまで私の立場になって、考えてくれているのだ。本当に、心根の優しい子だと思う。
ハルさんは九段くんに言い聞かせるように言う。


「九段様。焦ってもどうもなりませんよ。きっと、生活しているうちに自ずと思いだされるでしょう。そのためには、椿さんはたくさん色々なことに関わる必要があると思いますよ」

「は、はい」


ハルさんの言葉には不思議と説得力がある。彼女は九段くんのお付きの使用人ということだが、なかなか博識らしい彼女はよく彼に助言やらなんやらしている姿をよく見るし、どちらかというと躾役なのかもしれない。キリッとしたその姿は、教育者の立場にある人のようにも見える。

(私も、九段くんと同じ位置にみられているのかな)

年齢的にはハルさんの方が近いような気もするが、この世界に疎い私は彼女から見たら、まだまだちいさな九段くんと同じ括りなのだろうか。ハルさんは私に対しても、九段くんにするような助言の言葉をくれる。そして、その言葉は的確で、素直に聞き入れるしかなさそうなのだった。
九段くんは私の様子に、えっへんと、誇らしげに胸を張った。


「すごいだろう!ハルは医術の心得もあるのだぞ!」

「はい。ハルさんは、なんでもできるんですね」

「だろう!?自慢の付き人なのだぞ!」



私と九段くんの会話に、当のハルさんは賛同するでも否定するでもなく、ただ静かに微笑んだ。


「そうでもないですよ。私にできるのは、九段様のお世話くらいです」






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