抱きとめた彼女の体は羽のように軽く、非力なユリアンでも容易に支えられる重さだった。年の頃はきっと、自分よりやや年下だろうと思う。それにしては軽すぎるくらいである。白い頬には血の気が無く、栄養が足りているのか心配になった。

(身なりはとても、みすぼらしいものではないけれど)

ぼろきれのような布を頭からかぶっていた彼女は、しかしその下は良い布地を使ったエプロンドレスだったのだ。淡い黄緑と黄色を基調としたその服装は、彼女の歳にしてはやや幼いデザインである。
今は目を閉じているが、瞳は澄んだ翡翠色だったように思う。目鼻立ちの綺麗な彼女は、一般的に美少女と分類される容姿をしている。腰のあたりまで伸びた髪が絹のようにさらりと、ユリアンの指から零れ落ちる。


「ねえ、君…ねえ、」


何度か呼びかけたが、彼女が目を覚ます気配はない。とりあえず――どこかに彼女を寝かせなければ。ユリアンは彼女を横抱きにすると、崩壊を続ける城を背にし歩き出した。


少し前に、同じようなことをしたと思い返す。
あの時はシュタールの町中ではない。宵夜森の中だった。戦禍を逃れて森へ入ってきた彼女・イルザはユリアンの手によって保護された。そして屋敷に連れ帰ると目の色を変えたクラウスが、彼女を屋敷へ置くと言いだしたのだった。

(あの子は…どうなっただろう)

シュタール崩壊を聞いて飛び出してきてしまったユリアンには、その後の屋敷の様子はわからない。ただイルザはこの頃どこか元気無く思えた。それをユリアンは心苦しく思った。彼女を国に返してやりたいと思ったし、守ってあげたいと思っていた。でも、ユリアンから彼女は遠かった。ユリアンの手の届かない場所に彼女はいってしまっていた。

イルザと過ごしたひと月ばかり、彼女の存在はユリアンにはとても眩しいものだった。分け隔てなく、優しく自分に接してくれる彼女の明るい笑顔につい目を奪われがちだった。

(できれば僕だけに、微笑んで欲しかったな)

しかしイルザは人気者で。決して、ユリアンにばかり笑いかけているわけではなかった。自分が彼女を最初に助けたのに。そんな仄暗い気持ちもあったけれども、ユリアンは自分に自信がない。彼女に好かれるような人間ではないのだと、自分で思いこんでいた。

(始めから、無い物ねだりだったんだ)

ユリアンには、最初から分かっていたのだ。イルザが隣国シェーンヴァルドの姫だということも、クラウスが亡くなったとされるシュタールの第一王子だということも。それはユリアンが暴君・エーレンフリートの手駒だったからである。初めからユリアンは、間者として屋敷に送り込まれたのだから。
イルザはエーレンフリートの求めていた、フランチェスカ姫で。元々かの姫はクラウス――本名、アレキサンデル王子の婚約者で。元々、エーレンフリートの奴隷に付け居る隙なんてある筈がない。

考えながら、腕の中の存在に目を落とす。
この子は、イルザとは違う。一体この子は、どんな子なんだろう。

(果たしてこの子は――)

ユリアンは、思い返す。
まっすぐにユリアンを見上げた、腕の中の少女の瞳。その翡翠色の中には、ユリアンだけが映り込んでいた。彼女の身寄りはわからない。どんな子なのかも。でも、その縋るような視線に、背筋がぞくりとしたのだ。


(この子は、僕だけの花に、なってくれるのかな)





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