一晩で、シュタールが壊滅した。

その話を聞いて居ても立ってもいられなくなって、屋敷を飛び出したのは自分だ。屋敷の仲間たちの呼びとめる声が背中を追い掛ける。けれどもユリアンは、走り出した身体を止めることはできなかった。

話によると、王城を中心にシュタールは見るも無残な姿になったらしい。一晩どころか、一瞬の話だったとか。あんなに出れないと思っていた宵夜森は、あっさりとユリアンを森の外へと解放した。驚きはしない。そのからくりについては、思うところがあったからである。

それよりも、鼓動が早い。早く帰らなければと心が逸る。同時に、心に浮かんだ言葉に吐き気がするような疑問が浮かんだ。

――帰る?あの城が僕の帰る場所…?

何を自分は焦っているのだろうという気持ちに、なった。あの場所が自分の帰る場所だなんて…あの閉鎖的な、けれども穏やかな宵夜森の屋敷での生活を捨てて、自分はわざわざ城へ向かって走っている。その事実に、嫌悪し、そして震えが走る。
自分を縛る鎖はいつだって心に食い込み、苦痛を与えてきた。しかしどこかその痛みに、自分の生を感じていたのは確かなのだ。別にこの呪いを解きたいと思ったことは無い。嫌だ嫌だと脳内で繰り返しつつも、従属させられている現状に、どこか自分の居場所を感じていたのである。

――城が崩壊したと、国が亡くなると知らされ、怖くなった。またもや自分は、生きる意味を失くしてしまうかもしれない。

それがひたすら、ユリアンを走らせたのだ。


城に近づくにつれて、現状の絶望さを実感する。
本当に突然、何の前触れもなく国は、崩壊したようだった。原因ははっきりと分かっていないとされているが、ひとつ、ピンとくる心当たりはある。きっとかの王子――エーレンフリートに関係したものだろうと。

――まずは城へ、そして彼に会わなくちゃ…。

誰よりも大嫌いで、けれども逃れられない主を思い浮かべて舌打ちする。未だに崩壊を続ける城を目にした時、もしかしたらエーレンフリートもこの惨事の巻き添えになったのではないかと淡く期待した。

――でもきっと、そんなことはあり得ない。そんなこと…そんな結末…僕が許さない。

自然と、唇を噛みしめる。
とりあえずどうにか、エーレンフリートを探さなければならない。流石に彼は王族である。廃墟同然の城にはもう居ないだろう。どこか仮の屋敷に移っている筈だ。
注意深く辺りを見渡しつつ、ユリアンは踵を返そうとした。
その時。

真正面から歩いてきた人影が、ユリアンの胸の中に飛び込むようにぶつかってきた。小さな悲鳴が胸元から上がる。はっとしてユリアンが視線を下げると、その人物も丁度ユリアンを見上げたところだった。


「…あなたは、」


小さな唇が、驚きに声を詰まらせる。姿を隠すように目深にかぶった質素な布の奥から、丸い瞳がユリアンを見つめていた。


「君――」


その顔立ちに、見覚えがあった。すぐには思い出せない、大昔に仕舞われた記憶を引っ張りだそうと試みる。しかしそれが終わる前に、彼女はユリアンの胸元を、か弱いちからで引き寄せる様に掴んだ。


「    」


何事かを呟き、崩れ落ちるようにして彼女は意識を手放した。慌てて支え、抱きかかえる様にして彼女を受け止める。瞼の閉じられた彼女の表情は、夢の中でも安らぐことができないのか、眉が顰められている。

どうしてかユリアンはその彼女の姿に、シロツメクサが揺れる様子を連想した。






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