愛のかたち


よく見る光景ではあるが、あまりに苛烈な言葉が聞こえてくると、やはり見過ごして良いのだろうかと心配になる。


「貴女は本当にどうしようもなく愚かですね。先日僕が言ったこと、本当に理解していましたか?その場凌ぎの言いお返事だけでは意味がないんですよ。分かってますか?」

「……ごめんなさい」


敦盛の視線の先には、一組の男女がある。弁慶とその部下、いや恋人のあかりだった。二人は男女交際をしていて、戦いが終わった今、夫婦になろうとしている。だというのに今、二人の間に流れる空気からはそんな親しさは感じられない。

原因を敦盛は知らない。けれども、あかりの何らかの行動が弁慶の気に障ったらしい。公衆の面前だというのに、気にならないのか弁慶は激しい口調で恋人に詰め寄っていた。
通りがかりの人はやはり気になるのか、ちらちらと視線が時折向けられている。通報されないだろうか。とはいえ、同じ空間にいる神子・八葉の面々は平然としているのだが…。


「あの――大丈夫か?」

「え、何がでしょう」


弁慶が席を外してあかりがこちらに近づいたところで、敦盛はつい、声をかけた。振り向いたあかりは掛けられた言葉の意図が分からない、といった様子で首を傾けた。
何が、と言うまでもないと思う。弁慶からあかりへの当たりの強さは強すぎる。いくら男女の間だとはいえ、あれでは家庭内暴力ではないのか。
しかし、次の言葉を続ける前にすっと横にやってきた望美が得意げに笑った。


「敦盛さん、まだまだだね」

「み、神子?」

「あかりと弁慶さんのことでしょ。大丈夫、心配はいらないよ。ねえ、九郎さん」


望美の登場に驚く敦盛に構わず、彼女は更に隣にいる九郎に話を振る。九郎と望美は敦盛と並びながら、視線は弁慶に言いつけられた仕事を始めるあかりに向けられている。


「そうだな。あの夫婦の関係は、見かけ通りに受け取れるほど単純なもではないからな」

「……どういう意味だ?」

「ほらほら、敦盛さん見てて」


促されるままに敦盛も、視線をあかりへ向ける。
あれほど言われていたにしては、あかりは別段、疲弊した様子はない。これまでにも弁慶があかりに強く当たる現場は見ていた。だから、日常茶飯事なのだと容易に想像が付く。慣れきってしまっているのか? だとすれば、それは精神的に良くないのではないのか? いくらいつも通りだと神子たちが思っていても、もし本人が辛い思いをしていたらーー。

と、席を外していた弁慶が、戻ってきた。気づかず作業を続けるあかりに、弁慶は後ろから近づき、そしてそっと彼女の腰を引き寄せた。


「まったく貴女は…どうしてさっき、言い返さなかったんですか。どう考えたって、僕が悪いでしょう」


後ろから腕を回され、驚いたように顔を上げるあかり。しかし相手が弁慶だとわかると、すぐに表情を和らげる。それから、弁慶の言葉にぽかんとした。


「え、私が言いつけ守らなかったのは事実だったので……言い返すのはおかしいですよ」

「いや、そもそも、君が僕のあの無茶な要求を飲んだのがいけないんです。僕だって、自分でおかしいとは思っているのに」


煮え切らない弁慶の態度に、あかりは困ったように苦笑した。それから、考えるように弁慶に寄りかかる。


「まあ……確かに難しいです。”弁慶さん以外の男性と二人っきりにならない”って。源氏軍で働いている以上、大半が男性ですし…弁慶さん関連の伝達を頼まれることも多いので。でも皆さん気を使って、できるだけ私には近づかないしてくれていますし」


ちなみにあかりは知らないが、あかりに不必要に近づくなという指令は九郎からも軍内に出されている。破った場合どうなるか覚悟しておけ、と傍らで笑う有能すぎる軍師の表情が物語っていたので、部下の中に進んであかりに近づこうと思う男はほとんど居ない筈ではある。

どうやらあかりに対しても、弁慶は同じようなことを要求していたらしい。先程あかりが弁慶に咎められたのは、それを違えるような行動をしてしまったから、らしい。
弁慶は、自分で言い出しながらも無謀な要求だと自覚があるようだ。が、あかりの方はそれに対して、不満はないみたいだが。


「無茶なことを言うなぁとは正直思いました。でもあの約束は、弁慶さんにとってはきっと必要なことだったでしょう? だったら私は、できる限り守りたいです」

「君は、僕に甘すぎます」


弁慶は腕の中のあかりを、甘えるようにして更に抱き寄せた。あかりはくすぐったそうに身をよじる。


「君が、目を離した隙にどこかへ行ってしまいそうで、怖いんですよ。君さえいてくれたらそれで良いと思った時から、他の全てのものへの欲は消えた。だから心は軽くなった筈なのに、最近はそうではなくなってしまった。君を、どうしたら僕のもとへ留めておけるのか…もし離れていってしまったらと考えると…」

「弁慶さん、大丈夫ですよ。私はどこにいく予定も、ないですから。弁慶さんが厭だって言っても、隣を離れるつもりはもう、ないんです」


ぶつぶつと、続く弁慶の言葉をものともせず、にっこりとあかりは笑った。


「貴方は自分に厳しいから、私くらい、甘やかしたっていいでしょう?」


そのまま、そっとあかりは弁慶の手を握る。そして、真っ赤に顔を染めたまま、続けた。


「だって私は貴方の――こ、恋人ですから。だ、大好きなんです」

「……はぁ」


弁慶の方は、ため息と共に肩の力を抜く。


「どうして君はそう、僕がなかなか口にできないことを、簡単に……。本当に、いけない人ですね。これ以上、惚れさせてどうするんですか」

「えええ?!」




「……なるほど、あれはあれで二人の愛の形というわけだな」


その、公衆の面前でいちゃつく二人を眺めていた敦盛は、なんともいえない気持ちで感想を漏らす。それに、望美と九郎がうんうん、と同意を示す。


「そうなの。まあでも、あの弁慶さんの勢いに耐えられるのは、あかりだからこそなんじゃないかな〜って思うけど。端から見てても、どきっとするし」

「弁慶は怖い男だからな。正直、あの言葉が自分に向けられたらと思うと、冷や汗が止まらん」


それにしても、あかりに厳しい言葉を投げかける弁慶と、甘えたように抱きつく弁慶。印象が異なりすぎて、何があったのかと周囲から気にされそうなものだが、他の者たちは特に気にした様子はない。この一連の流れは”いつものこと”として浸透しているらしい。
これは、こういうものとして納得するしかなさそうだった。


「だがあかりは一体、どちらの弁慶の方を望んでいるのだろうか」


それでも気にして呟いた敦盛に、九郎は物知り顔で返す。


「将臣が言うには、ぎゃっぷもえ、というらしい」

「ぎゃっぷもえ…」


恋愛とは、深いものである。


160601
「罵られ系と甘々の混在、ギャップな話」でした!リクエストありがとうございました。



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