寵愛 ※IFで弁慶が最初から過保護/盲目溺愛の恋人だったら。 自慢ではないけれども、私は平凡な人生を送ってきた。特に目立つことなく、人の輪の中心になることもなければ、これといった特技もない。唯一、日本の歴史を紐解くことが趣味でその部分に関する知識では同級生たちよりは詳しいだろうとは思っていたけれど。 その私の人生で、一番の珍事が身の回りで起こっている。どうしたらいいのか、正直全くわからない。 「あかり、頼んでいたものはどうなりましたか?」 「あっ――はい、無事に終わったみたいです。今、報告まとめますね」 私はある日突然、この異世界の京へとやってきた。なにが原因か、そのときの状況はまるで記憶にない。ただ、目覚めたら宇治川の源氏軍にいて、私はそこで保護されることになったのだ。 とっさの判断で頼み込み、源氏軍の軍師補佐という居場所を得ることができたのは幸運だと思う。その後、白龍の神子として同級生の春日望美ちゃんがやってきて、ようやく、状況の解決の糸口が見つかった。 けれどもひとつ、重大な問題を抱えている。 「ふふ、そうですか。流石あかりですね」 「あ、い、いえいえ……これくらい全然です」 「謙遜なんて、しなくてもいいのに。恋人として鼻が高いですよ」 「……ありがとうございます」 問題はこの、直属の上司である彼にあった。武蔵坊弁慶。歴史上でも有名な源氏軍の軍師である。ただ、やはりここが異世界であるように彼は私の世界にいた「弁慶」とはかなりイメージが異なる。 この世界の弁慶さんは、とても優しく、頭がよく、素敵で魅力的な男性だ。人当たりも良く、周囲からの信頼も厚い。そんな人なので、女性からもよく懸想されているようだった。 そんな彼のすぐ下で働くことになった私は、何故か、同時に彼と恋人関係を持つようになっていた。悪い気がするわけがないし、断る理由も密からなかったのだ。少なくとも彼から告白された時は、どこを取っても悪いところなど見あたらないように思えたから。私を大切にしようとしてくれるのだということも、感じることができる。 けれども、現状に違和感を覚えずにはいられなかった。今まで地味な人生を極めてきた私である。私から彼に片思いするならともかく、彼から私に好意を持ってくれるなんて、そんなことあるのだろうか。 けれども、お付き合いしていくうちにだんだんと、彼への印象にずれを感じてはきている。 「君は、罪作りですね。僕という恋人を前にして考え事ですか。――僕、あまり気は長い方ではないんですけれども」 ぼんやりとしていた私は、耳元でささやかれた言葉にぞっと、背筋が冷えた。はっと顔を上げる。私をまっすぐに見つめる彼の視線が、刺さるように注がれている。 「ご、ごめんなさい、少々考え事を」 「どんなことでしょう?」 「え、いや、大したことじゃないんですけれど」 まさか、貴方のことです、なんて浮ついたこと事実であっても口にできない。きっとその方が彼は喜ぶのだろうが、私にはそんな女子女子したこと無理である。が、弁慶さんは私の回答がお気に召さなかったらしい。彼の私を見る目がどんどん冷気を帯びていく。 彼の、このような部分に気づき始めたのは最近だ。 弁慶さんは大抵の場合は人当たりが良く、優しい。でも私に対してはなんだか、その限りではないような気がするのだ。恋人だからかもしれない。そうは思うのだが、どこか危うく感じる。 「僕を、見なさい」 「や、あ……んっ」 引き寄せられ、顎を掴まれ、そのまま強引に唇を奪われる。お世辞にも挨拶、では済まない熱烈な口づけに、私は翻弄される。優しく、けれども逃がさないという意志を明確に伝えてくるそれに、息絶え絶えになりながら、抗議の声を上げる。 「べ、弁慶さん!こ、こんな突然、ここ外で……」 「ふふ、ごめんなさい。あかりがあんまりに可愛い顔をするので、我慢できなくて。ね、いいでしょう?」 離されたばかりのくちびるを、彼の指がなでる。妖艶に微笑む彼の視線に晒された私は、蛇に睨まれた蛙のような心地がする。絞り出すように私は、問いかける 「わ、私のような平凡な女のどこがいいんでしょう…望美ちゃんだったら、わかるのに」 「――恋に、落ちる理由が必要ですか?」 ストレートな物言いに、背筋が震えた。何も疑問に思っていないのだろう、はっきりとした返しに震えが走る。 私を見つめる彼は、ひどく盲目的なように感じる。今の彼は、どこかおかしい。周りが見えていない。こと私に関しては、どこか冷静な彼らしくない行動が目立つ。 それは、周囲の反応を見てもそうだ。付き合いが長いという九郎さんが首を傾げるのだ、おそらく私が感じていることに間違いはないだろう。 「説明しろと言われると、難しいですね。でも君のなにもかもが気になる。すべてを僕だけのものにしたくなる、その気持ちだけではだめでしょうか」 「だめ…というよりも、納得できない…というか……」 「困ったな。君が僕を受け入れてくれないというのなら…どんな手を打てばいいのでしょう?」 つぶやいた弁慶さんに、返す言葉が見つからない。 「ねえ、どうしたら君はすべてを僕にくれますか。あかりのほしいものなら何でも用意できるのに。――僕の人生を捧げます、だから君の人生を僕のものにしたい」 「……っ」 「すぐに答えろとはいいません。ですが、きちんと考えておきなさい。僕を本気にさせたのは君だから、このまま聞かなかった振りは、受付ませんよ」 ――貴方は私への恋慕に溺れていると、そう指摘できたらどんなにいいだろうか。 自惚れるつもりはない。けれどもこの美しい恋人が私に必要以上に入れ込んでいることを自覚せざるを得ない。 でも、言えない。逆らえない。 彼の反応が怖いから。この世界での私は彼に依存して生きている。今捨てられたら行く宛がない。それに、少なからず私も好意を持っている。決して嫌ではない。大切に扱われ、嬉しくないわけがない。だからこうしてずるずると、私は彼の手の中でおとなしく言われるがままに繋がれている。 (私は、どうしたらいいのだろう) 今はまだいい。やることが多い。私たちは、この戦乱をどうにかしなければならない使命に追われている。 (でも、すべてが解決したら――?) 望美ちゃんはきっと元の世界へ帰る。私もそのときに一緒に帰ろうと、もちろん思っていたのだけれども……。 目の前の、男性を見る。 美しくよく頭の回る、軍師殿。 彼を置いて帰るか、全てを捨てて彼と暮らすか。いずれ選ばなければならなくなる。まだ私は、どちらも選べない。でも。 「あかり。早く僕のものになってくださいね」 私は、早々に覚悟を決めるべきなのかもしれない。 どちらを選択してもこの優秀な男から私は、きっと、逃げられない予感がした。 160428 |