恋狂い


※IF迷宮で弁慶がヤンデレ/狂愛激甘だったら。




異世界で運命を共にし、神子や八葉たちと一緒に和議成功に奔走し、そして現代へ荼枳尼天を追って戻り、それを倒して――。

一連の終結から、二週間経っていた。


「あかり、携帯鳴ってるよ」

「……知ってる」

「いいなあ、あのすっごい美形の彼氏さんでしょ?あかり、すごい愛されてるんだってね」


放課後、帰り支度をした後も私は教室でぼんやりと座っていた。机に置いた携帯が鳴っているのには気づいたけど、取らない。誰から掛かってきているかはわかっている。けれども、出る気分にはなれなかった。
私は、すっかり元の日常生活へと戻っていた。異世界に居たことは夢だったのではないかと思うほど。それほど日常は当たり前のようにすぎていき、向こうでのことは徐々に薄れつつある。

(いっそ全て、戻ってしまえばよかったのかもしれないけれど)

ちょっとだけ、気分が重くなる。以前とすっかり変わらない日常、けれども確かに私は向こうの世界で行動し、その結果元の私とはある一点においてすっかり変わったことを認めざるを得ない。
――「すっごい美形の彼氏」の存在だ。


「まあ、ね…」


色めき立つ友人に、生返事しか出なかった。まさか言えない。その彼氏の愛が最近重くて困惑しているなんて。
携帯電話という便利な文明に彼が順応したせいで、彼からの連絡は途絶え得ることなくひっきりなしに来るし、そして当然のように行動が把握されている現状。日中は学校を理由に連絡を疎かにしているが、それでもこのまま出ないわけにいかない。これ以上連絡を渋っていると、きっと恋人は強硬手段に出るだろうことは容易に想像できた。



恋人、という言葉は未だに照れくさい。そして、こうして手をつないで歩くことにも慣れない。でもそれは私だけらしい。すっかり弁慶さんはあたりまえのように私を恋人扱いする。


「明日から、冬休みなんだそうですね。将臣くんに聞きましたよ。ふふ、楽しみです。今日からは君とずっと一緒に居られる」


学校前まで迎えに来ていた彼に、おとなしく鞄を持ってもらい、手を繋いで帰り道を辿る。何度か着信を無視したお咎めは、まだ受けていない。この後、できれば二人きりにならないで帰りたいと思うのは部下時代の感覚が残っているだろうか。
びくびくとする私とは対照的に、弁慶さんは上機嫌で笑顔を浮かべる。私の長期休暇が嬉しいのだ。この数日、何度も私に学校を休んで側に居て欲しいとぼやいていただけはある。

弁慶さんとお付き合いを始めたのは、あの戦いが終わった直後だ。私と彼を巡る縁は運命的だと思ったし、そもそもは私の方が彼に懸想していた。だから今の関係には戸惑いつつも、嬉しい気持ちの方が大きかった。

でも、彼の変貌は想定外だったのだ。以前の弁慶さんは私に対する当たりが強かったし、あんまり人前でべたべたするような人だとも思わなかったから。
彼の変化は、私が恋人という立場になってすぐ訪れた。元から女性には優しい人だったけれども、弁慶さんはなかなかの恋人想いらしい。何をするにも私のことを第一に想ってくれるし、傍目にもわかるように愛してくれる。そしていつどんな時でも私を隣に据えて置きたいのだと言う。

…心配してくれる、愛してくれる、それは嬉しいことだ。でもその手法がやや強引に、そして束縛的になってきたことから目を逸らしきれなくもなってきている。


「い、一緒っていっても家は違いますし、課題とかあるので今までとそんなに変わらないですけど」


予防線を張る。
学校という大義名分がなくなったら、それこそ時間があるときはずっと彼の側に据えられてしまうだろうという気がした。毎日呼び出されることは覚悟の上だけれども、用事を理由に遠慮できるようにもしておかねばと、私の脳内で警鐘が鳴る。
けれども私の思惑は、彼の言葉であっさりと崩される。


「ふふ、心配しなくても文字通り一緒ですよ。君は今日から僕の家にお泊まりですから」

「えっ?」

「ご家族には連絡しておきました。僕の引っ越しの手伝いがてら、冬休み中は泊まり込んでもらうと。快く了承してくれましたよ」


頭が、くらりとした。思わず足を止めた私に、彼は微笑む。その目は私にまっすぐ向けられている。一気に血の気の引いた。なんて私の思慮が浅かったのだろう。考えるまでもないではないか。こういうことは、彼の得意分野だ。

思い返す。この二週間のことである。
現代に留め置かれた八葉はなにも彼だけではない。皆、揃ってあの世界にはすぐ帰れないことが発覚し、今は有川家に滞在しているのだ。今、それぞれ事態の解明と帰る方法を探っているのだと望美ちゃんに聞いている。
けれどもただ一人、弁慶さんだけは違った。彼は早々にこの世界への永住を決めた。――私が居るからという理由で。

だから弁慶さんは、さっさと戸籍を用意して、今週からは一人暮らしを始めるのだ。
そしてすぐに、私の周囲に溶け込んだ。元の友人や家族に、あっという間に私の恋人であることを認識させた。そして本当にいつの間にか、当の私よりも彼の方が周囲からの信頼を勝ち取っていた。まあ、敵地へどうどうと潜入していた彼にそんなことは朝飯前だったのだろう。きっと、外堀を埋めるというのはこういうことなのだと思う。

私にはどうすることもできなかったし、彼と付き合っていることは事実で否定するつもりはない。だから周囲の変化にただ目を丸くしているばかりだった。たぶん、それがいけなかったのだ。こうも弁慶さんが、私との距離を縮めることを急くとは思わなかった。

愕然として言葉をなくしていると、彼はすっと目を細めた。


「僕と一緒は、嫌ですか?」

「そんなことないです!だって私は弁慶さんのこと好きです。でも…」


言い掛けて、はっと口を閉じた。
じっと見つめる彼の視線に、ぞくりと肌が泡立つ。彼は微笑んでいる、とても幸せそうに。でもその瞳の色は、どこか怪しいように思えた。その視線は、まるで私を支配するように、ただ私にのみ注がれている。


「なんだ、最後まで言ってくれないんですね。残念。まあ、時間はたくさんありますから」


ふふ、と笑って彼は私の手を引いて歩き出す。視線がはずれて、私は少しほっとした。そして、ほっとした事実にショックを受ける。
今の弁慶さんに、恐怖を感じていたのである。

以前、冷たい彼の言動に戸惑っていたことはある。けれども今感じたものは、種類の異なるものだ。私は本気で、彼を怖いと感じていた。彼のことを愛していることに、変わりはないというのに。


「あ、あの、弁慶さん……」

「ねえ、聞きましたよ。休み中に将臣くんと出かける約束してたんでしょう。丁重にお断りしておきました」

「……」

「それとも、浮気でしたか?」


笑いながらも、決して彼はからかっているわけではない。本気でそれを疑い、そして許さないという気持ちが言外に含まれていることを感じる。私は、繋いだ手に、力を込める。


「いじわる、です。私が貴方を誰よりも想っているのを、知ってるでしょう」

「そうでしょうか。でも君はまだ僕のことを、僕ほど愛してはいないでしょう?」

「…そんなこと、ないと思いますけど」

「いいんですよ。まだ、時間は沢山ありますから。でもね、僕をあんまり翻弄しないで欲しい」


振り向いた彼は繋いだ方とは反対の手で、私の頬に触れた。自然と見上げる形になった私に、ささやくように顔を寄せる。


「本当は閉じこめてしまいたいのを、我慢しているというのに君は、どうしてそう僕を困らせるんでしょう」


そのまま、触れるだけの口づけが額に落とされる。外だというのに、誰に見られているのかわからないというのに、彼は気にならないのか更に頬に口づけてくる。私は顔を背けることもできず、されるがままに彼の愛を浴びる。


「あかりは、僕のことだけ見ていなさい。あちらの世界でも、こちらの世界でも構わない。僕は、君が手に入るのならばどちらでもいいんです」

「べ、弁慶さん…その言い方、ちょっとこわいです」


かなり勇気を出した本音。けれども弁慶さんは笑みを深くしただけだった。


「あかり――だいすきです、愛しています」


彼の瞳に自分が映り込んでいる。血の気のない私は、それでも彼からの愛を拒否できるわけもなく。そしてとどめの、一言。


「僕をこんな風にした責任、とってくださいね」


――ああ、溺れてしまう。
このまま、どんどん彼無しでは生きられないようにされてしまう。外堀から埋められて、逃げ場をなくされて。そして心の隙間は、彼からの愛で埋まっていくのだろうと思う。
怖い、愛しい。その相反していそうな二つの感情は、混ざり合って私の心を支配していく。

でも果たして愛に溺れているのは、私なのか、弁慶さんなのか。
どちらにしても私は彼の手を離せない。彼が沈むのなら共にいかねばならないと思う。

だって、愛しい彼が狂ったのだとしたら、私のせいだと思うのだから。


160428



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