すべては恋のせい


「最近の弁慶は丸くなったよね」


ぽつりと呟いたのは景時である。
例の最終決戦から数日後、世界に平穏がもたらされてすぐのことだ。和議を成功させ、荼枳尼天を倒し、それから神子と八葉は別れの間のしばしの休息期を過ごしている。その間、神子である望美は共に過ごした仲間たちと別れを惜しむように毎日忙しく過ごしていた。

その中のある一日、ゆっくりとした空気の流れる午後。景時の何気ない風を装った一言は、しかしその場の皆を沈黙させるには十分な効果を持っている。
最近、というよりもここ数日といった方が正しい。そして丸くなったというよりも、劇的な変化により数日前とは全く態度を、ある一点に対して取るようになったという方が適切に思えた。景時の投げかけは、それらを幾分もマイルドに仕立てた気の利いた一言だった。


「ああ――確かに、弁慶はこの頃、変わったように思える」

「敦盛もそう思うのか。実はオレも、そんな気がしていたな。やはり周囲の環境は人にも変化をもたらすのかもね」


しばしの沈黙の後、続いた敦盛とヒノエも、景時に同調するように頷く。ただ、どこかその言葉にはぎこちなさが伴う。
共に戦い抜いた有能な軍師であり薬師である男の、基本性質は特に変わりない。今でも有能な策士であるし、人当たりの良い穏和な表情を浮かべた青年だ。
ただ、ここに集う面々は弁慶がその限りの男ではないことを重々承知である。皆が同じことを思いつつ、なかなか確信に触れないことにしびれを切らして、将臣が切り出した。


「なあ、今ここにいるのは弁慶を除いた八葉、そして白龍だけだろ。この際、はっきりさせようぜ。あの二人の関係、違和感持ってたの俺だけじゃないだろ?」


その呼びかけに、ぐっと皆口を噤む。将臣の言うとおりだった。共に戦ったこの仲間たちは、つい先日ようやく結ばれることになった二人への、疑惑を抱えていた…。
あの二人とは、言うまでもなく、弁慶とあかりだ。疑惑というよりも、心配といった方が正しいかもしれない。弁慶とあかりが知り合ってから、そして今日まで、皆二人と行動を共にしていたのだ。もちろん、二人の間で詳しく何があったのか、など男女間のことであるし全てはわからない。だが、少なくとも、その関係性の変化は常々見守っていたのだった。


「まあ…最初は、あまりにも過激な恋人関係だなとは思ったが…。だが弁慶の厳しい部分は、特別親しいから故生じたものだとばかり思っていた」

「それはあるかもしれないな。弁慶は感情を隠し、他人に一線を引いている部分がある。あかりに一切それはなかったから、はじめにあの二人が恋人になったって聞いたときに驚いたぞ」


敦盛の言葉に、九郎も同調するように続ける。
あかりがこちらに初めて来たとき、知り合ったのが弁慶と九郎だった。彼女に特殊な理由があったせいもあるし、あかりが弁慶の部下という立場を自分で選んだせいもあるだろう。だが、初めから弁慶はあかりに対して厳しい顔ばかりしていた。九郎から見たら、それはやや過剰な程に。弁慶がそのような態度を他に取ることはほぼないので、一時期は余程相性が悪いのかと懸念もしかけたものである。

そしてその弁慶の態度に違和を持っていたのは九郎だけではない。この場にいる面々は、ほぼ同じように感じていた。


「本当にあの二人、最初から恋人だったのかな…。オレはちょっと、もしかしたら何かそうしなきゃならない事情があるんじゃないかなって思ってたな」

「けれど、こうして今は夫婦になっている。それはちゃんと恋人だったってことじゃないですか?それに弁慶さんはあのころから、厳しいのはともかくとして、あかりさんを特に気にかけていたように見えましたが…」

「う、うん。そうなんだけどね〜。弁慶も、食えないところがあるから心配しちゃって」


譲の言葉に、景時は困ったように頭を掻いた。別に、弁慶のことを悪くいうつもりはない。が、かの軍師が穏和な態度とは裏腹に、何らかの目的のために時に非情になることを知っていたので気が気でなかったのだった。


「景時の心配もわかるかな。だけど、あいつがあかりに執着したのは確かだし、そして今は溺愛してるってのだけは真実だろ」

「そうそう。弁慶さんってあれで結構独占欲強いから、将臣くんとかとあかりが仲良く話してると、ちょっと怖い顔のときあるよね」

「そうなんですか…穏和そうに見えるのに意外ですね」

「そうなんだよね〜。あかりは全然気にしてない、というか気づいてないからたまに不安になるよ」


何の違和感もなく会話に混ざった少女の声に、一同ははっとして目を向けた。譲の隣に、いつの間にか、彼らの神子が座っていた。


「せ、先輩?!!!いつからそこに?!!」

「えーっ、ううんと、将臣くんの”腹割って話そうぜ”のあたりかな」

「さ、最初からじゃないですか!」


未だ心臓をばくばく鳴らす譲の横で、望美は「皆集中してるから、邪魔したらだめかなぁと思って」と、笑う望美に一同は驚きに乾いた笑いを浮かべる。それから将臣が、話を戻す。


「望美、お前はどう思うんだよ」

「どうって、あかりと弁慶さんのこと?まぁ確かに、弁慶さんも突然大胆になったなーとは思ったけど、でもあかり自身が気にしてないみたいだし、私としては気にならないかも…」

「おいおい、普通気になるだろ、あんなにころっと態度変わったら。望美は九郎が突然ヒノエみたいな言動するようになっても気にならないのか?」

「なんで俺の話になる??!!」

「九郎さんが突然ヒノエくんに?!そ、それは困る、かも…。でも、あかり自身が言ってたんだよね」


それはほんの数日前のことだった。望美も、皆と同じように新婚となった二人の変化が気になったのだ。だから本人にずばり、聞いたのだった。あかりは気分を悪くした風はなく、ちょっとだけ恥ずかしそうにして答えたのだった。

――弁慶さんはずっと変わらずに、優しいよ。確かに関係性はかわったけど、特別彼自身が変わったってことはないと思うし…相変わらず厳しいところもあって、でもそこもひっくるめて私は彼と居たいと思うから…。


「…あかりは少し、弁慶さんに甘いところがあるなっていうのはあるけど、でもあかりから見たらそんな感じみたいだよ」

「少し、というか大分だと思うけど?」

「はは、ヒノエくん容赦ないな〜オレもそう思うけどね」

「――弁慶は誰にも代え難い伴侶を得たのだ。今までの厳しい面ばかりでは少々心配もあるが、今の弁慶ならば彼女を幸せにするだろう」


黙っていたリズヴァーンが、朗々と締めくくる。一同は、揃って頷いた。


「リズ先生は言うことが違うぜ。まあ、あかりが幸せだっていうなら俺たちがなにも詮索することはないよな」

「ああ、でもあかりがそれほどまでに弁慶に影響を及ぼすなんてね。弁慶から見たあかりは、どれほど魅力的な女性なんだろうな」

「それこそ弁慶じゃないとわからないことだな」

「あかりも尽くすタイプだからな〜、案外夜は積極的だったりして」

「もう、兄さん、それは下世話ってものだぞ」

「あ、そう言いながら譲くんだって気になってるんじゃないの?」

「せ、先輩!そんなことないです!」


わいわいと、話が危ない方向へ逸れかける。将臣がしみじみと呟いた。


「いやーでも改めて、あかりは人妻か…その響きだけでなんか、ぐっとくるものあるけどな。好きな女が自分のものになったってだけで、態度が変わってもおかしくないって思うぜ。あかりみたいに献身的な妻なら尚更、こっちの男は弱いんじゃねえのかな」

「その通りかもしれませんね。確かに、関係が変わってより愛しく感じるようになったのかもしれません。残念ながら、あかりは僕の妻なので皆さんにその可愛らしさの全ては教えてあげられないんですけれどね」


響いたその言葉に、その場にいた皆は硬直する。
そして振り向いた先には、にっこりと笑みを浮かべる弁慶と、その後ろで羞恥に震える彼の妻がいた。


「さて、皆さん。あかりのことを知りたいなら僕が出きる限りはお答えしますが?」


冷や汗に顔が引きつる一同。彼らの軍師の微笑みは、所帯を持っても変わらず恐ろしい圧力を、かけるのだった。


160324
「連載完結前と完結後、弁慶さんの態度の違いを他八葉神子はどう思っているのか」でした。リクありがとうございました!




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