天女に狂う ※もし弁慶をあかりが好きになっていなかったら、からの暗甘&束縛愛ED どこで何を間違えたのか、皆目検討がつかなかった。 けれども確実に私は何か、踏んではいけない地雷を踏み、そして取り返しのつかないところまで来てしまったということは確かだった。 私はこの世界に飛ばされてきて、そして源氏軍で軍師補佐という役目をもらった。望美ちゃんたちのように直接的に何かできるわけではないけれど…それでも、少しでも力になれたらと思った結果である。そしてそのような経緯で、私は弁慶さんの部下になったのだ。 弁慶さんは、史実の弁慶のイメージからは想像できない、柔和なイメージのひとである。優しくて、頭がよくて…少しだけ怖いひとだった。 嫌いか好きかで言われたら、好きな方だ。いい人だと思う。でも彼に対して特別な感情は抱いていない。頼りになる上司、望美ちゃんの八葉、といったくらいの認識だ。関わりは多かったけれど、彼は自分のことを多く語る人ではない。私も特に問いただしはしなかった。だから、当たり障りのない関係だったといえる。 そうこうするうちに、戦は進んだ。 望美ちゃんは戦場を駆け、私は弁慶さんの隣で働いた。そしてある日、和議の話が持ち上がった。そして望美ちゃんは、それを成し遂げたのである。 問題は、ここからだ。 戦は終わった。和議は成り、応龍は復活した。望美ちゃんは神子の役割を、八葉の皆もそれぞれ任を解かれた。 ――あとは、帰るだけ。望美ちゃんと、譲くんと、私と、三人で。だというのに。 「帰る?君は、元の世界に、帰るというんですか?」 私は、弁慶さんに、押し倒されていた。 なんと言っても一番世話になったのは弁慶さんだと思った。だから一度しっかりお礼をいいたいと、二人っきりになったのは私の方からだった。 弁慶さんはにこやかに応じてくれて、私の話をきちんと聞いてくれた。時折見せていた厳しい一面も今は薄れている。だから私はすっかり安心して、言ったのだ。 ――元の世界に帰っても、忘れません、と。 とたんに、弁慶さんの顔色が変わった。 瞬くより先に、彼は私の腕を掴んでいた。それから、強引に床に引き倒される。打ち付けられた背中に痛みを感じる間もなく、弁慶さんが多い被さってきた。そして、手首を床に縫いつけられるようにして押さえられた。 目を白黒させる私に、ぐっと顔を寄せて弁慶さんは、低く囁く。 「君はよく働いていました。正直、驚いた。僕は君が、ここまで頑張るとは思っていませんでした」 弁慶さんのその視線は、まっすぐ私を射抜いている。 鋭いその表情は――戦場で見せる、怖いそれだ。 「僕は、君を高く買っていたんです。僕は厳しい上司だったでしょう?それでもあかりは、根をあげなかった。そんな姿にいつしかーー惹かれていた」 「え……?!」 予想もしなかったことだ。私は思わず大きな声を上げた。 「じょ、冗談…ですよね」 「冗談で僕がこんなことを言うとでも?僕は君が欲しい」 「で、でも弁慶さんは私には厳しかったしそんな、信じられないです!」 「そうですね…君には、確かに厳しく当たっていた。最初は君が気に入らなかったんですよ。でもいつしか好意を持つようになった。…最初に、苦手意識を刷り込んでしまったのは、僕の落ち度ですね。でも、決して嘘偽りではない」 ――だから。 と、弁慶さんは私の耳元に唇を寄せる。 「君を、そばに置いておきたい。誰にも渡したくない。――元の場所に、帰したくなんてない。そう言っているんです」 ストレートな口説き文句に、かっと頬が熱くなる。けれども、素直に喜べない自分がいた。この体勢、強引な態度に、私の胸中にじわりと不安が広がっていく。 弁慶さんは嫌いじゃない。だけれど、そういう対象として意識したことはなかったのだ。正直に言って、この展開は、困るのだ。 「で、でも私の住む世界はここではなくて…」 「そういえば」 くすり、と笑った弁慶さんが私の言葉を遮った。また彼を怒らせるかもしれないと思いながらの、勇気を出しての行動だったので、私は肩すかしをくらった。 「あかり、天女の羽衣伝説って知っていますか?」 強引な話題転換。唐突な問いかけに、私は口を閉ざす。弁慶さんはにっこりと微笑みながら、続ける。 「ある天女が湖畔で水浴びをしているところを男が通りかかり、一目でその天女に恋をしてしまう。どうしても天に彼女を帰したくないと、男は天女の羽衣を隠してしまうんです」 それは有名な昔話だった。私の世界でも伝わっている、日本各地に伝わる逸話である。 「帰れなくなった天女は男と夫婦になり、子を孕み、産んだ。男に幸せをもたらしたんですよ。その後、天女は羽衣を発見し、天に戻ってしまうわけですが…」 突然彼がその話を持ち出したことにすぐには思い至らなくて、反応が遅れる。しかし、いやな予感がした。弁慶さんの瞳に、困惑する私が映っている。彼は、私の戸惑う様子に、口端をゆがめた。 「あかりはどうなのかな」 「え…?」 「子供でもできたら、この世界に――僕の隣に、縛られてくれるんでしょうか」 弁慶さんの微笑みに、私は背筋が凍り付く。気づけば彼の手が、私の腹に伸び、ゆるやかに撫でるように触れていた。 彼が一体、何をするつもりなのか――それが分からないと言えるほど、私は子供ではない。恐怖が心を支配し、がたがたと、身体がふるえ出す。しかし弁慶さんはそんな私に、とろけるような笑顔を向けた。 「でも僕はね、君を無理矢理縛り付けるようなことは、できればしたくないんです。僕の願いは君が共にいてくれる、ただそれだけのことだから…。でも、どうしても君が聞き届けてくれないとなると、自分でも何をしてしまうかわからない」 「……」 「きっと僕は、羽衣を隠すだけでは足りずに、すぐさま処分するでしょうね。決して、帰しはしない。逃げたらどこまでも、追いかけて――そう、閉じこめてしまうかもしれない。どんなことをしてでも僕から離れないように、罪を重ねるでしょう」 「弁慶さ、」 「ふふ、あかり、恐怖で顔がひきつっていますよ」 言っていることは、脅しに近い。けれども、その表情はとんでもなく甘く、恍惚の色を宿していた。弁慶さんのこんな顔は、はじめてみる。それどころか、口説かれたことすらないのだ。 彼が私のどこを気に入ったのか、皆目見当がつかない。しかも、これほどの事を言わせるまでだとは。だけれど、きっと彼にとっては私の行動のどこかしらが琴線に触れたのだろう。それは、彼にしか分からないことである。 「あかり、愛しています」 「あっ…」 「だから早く、僕のものになってくださいね」 ゆっくりと、唇が重なる。拒む間もなく、私はされるがままだ。 彼は優しく、慈しむように私に触れる。私はその温もりに、悟ってしまった。彼の語る言葉は真実なのだろうと。愛も狂気も、きっと等しく私に向けられたものなのだろうと。そしてそれは、もう彼自身取り返しのつかないところまできているのだろうと。 きっと私は、逃れられない。元の世界はあきらめる他、ないのだろう。ならば早く墜ちてしまった方が楽なのではないかと――瞼を、閉じて、彼にの背中に手を回した。 150614 束縛気味ちょっとこわい弁慶さんでした。リクエストありがとうございました! |